ステーブルコインは、誰が発行している?
円は日本銀行、米ドルはFRB。お金は国が発行するもの、と思いがちです。では「米ドルのような」ステーブルコインを発行するのは誰でしょう。答えは、多くの場合、民間企業です。
「準備金を持つ」と宣言する発行者たち
世界で最も流通しているステーブルコイン「USDT」を発行しているのは、テザー社(Tether)です。本社は中米エルサルバドル、人口600万人ほどの小国にあります。同社が抱える米国債関連の資産は、2025年第3四半期の開示で約1,350億米ドル。米国債の保有でみると韓国を上回り、世界17位に相当します。国ではなく一企業が、これだけの資産で「米ドルのようなもの」を世界中に流通させています。
USDTのように、法定通貨を裏づけとするタイプでは、発行者が「準備金を持ち続ける」と自ら約束しています。テザー社なら、発行するUSDT1枚につき1米ドル相当の資産を常に持つ、というのがその中身です。USDTは取引所などで1米ドル前後で取引されるように設計され、それを支えるのが準備金です。外貨両替所が手元に外貨を持つから両替できるのと、構造はよく似ています。準備金の中身は発行者で異なりますが、主要なものは米国債が中心です。
主要なステーブルコインは、いずれも特定の会社が発行しています。ただ、DAIのように会社ではなくブロックチェーン上の仕組みで運営されるものもあり、発行者が必ずどこかの会社とは限りません。裏づけの持ち方も一様ではなく、ほかの暗号資産を担保にするタイプや、担保を持たずアルゴリズムで価格を保とうとするタイプもあります。準備金を持ち続けるという約束は、ステーブルコイン全体に共通する性質ではありません。
発行者は、止めることもできる
発行者がいれば、できることもあります。テザー社やサークル社(Circle)は、犯罪や制裁への関与が判明したアドレスのUSDT・USDCを凍結できます。実際に、各国の捜査当局の要請を受けて特定の残高を凍結した例があります。
ここがビットコインとの大きな違いです。ビットコインに「全体を止められる管理者」はいません。一方ステーブルコインは、「誰が発行しているのか」に答えがある分、その発行者がコインを動かす力も握っている、ということです。
「ほんとうに持っているの?」をどう確かめるか
外部の会計事務所が定期的に準備金を確認し、報告書を公開する仕組みがあります。これを「アテステーション(attestation)」といいます。テザー社は会計事務所BDOが四半期ごとに、USDC(サークル社が発行)は毎月デロイトが確認しています。
ただし、アテステーションは「監査(audit)」とは異なります。「この時点で数字は合っている」という確認で、内部統制や不正の有無まで掘り下げる監査とは水準が違います。公開されてはいますが、十分かは見方が分かれます。
サークル社は2025年にIPOを果たし、現在はSEC(米証券取引委員会)の監督下にあり、透明性は発行者ごとに差があります。
日本での規制整備
日本でも、ステーブルコインに法律が整備されました。改正資金決済法(2023年6月施行)でステーブルコインは「電子決済手段」に分類され、発行・流通に携われるのは銀行・信託会社・登録された資金移動業者に限定されます。「やりたい会社なら誰でも」とはいきません。
2025年3月にはSBI VCトレードがUSDCの取り扱いを開始。外国発行のステーブルコインを日本の規制の枠内で流通させた、国内初の事例です。
「民間がお金を作る」は、歴史をたどればそう珍しくありません。江戸時代の伊勢では、商人が「羽書(はがき)」という紙のお金を発行し、地域で流通していました。19世紀のアメリカでは、州の免許を受けた銀行がそれぞれ独自の紙幣を発行し、鉄道会社が発行した紙までお金として使われていました。中央銀行が紙幣の発行をほぼ一手に担う形は、意外と新しいものです。いまも英国では、スコットランドと北アイルランドの6つの民間銀行が自行の紙幣を発行しています。
ステーブルコインも、その系譜に連なります。国境を越え、24時間動き、民間が管理する「米ドルのようなもの」が世界規模で使われています。「誰が発行しているの?」の答えは民間企業。その先には「その会社をどこまで信頼するか」という問いが残ります。