名前も聞かずに貸し借りが成立する、機械仕掛けの金庫
お金を借りるとき、聞かれるのは自分のことです。収入、勤め先、これまでの返済ぶり。ところがブロックチェーンの上は、相手の名前も知らないまま成立する貸し借りがあります。なぜそんな無茶が通るのでしょうか。
条件は、ひとつだけ
見知らぬ人が「10万円貸してほしい」と言ってきたとします。素性はいっさい分かりません。ただ、向こうはこんな条件を出しています。「先に15万円分の資産を、機械仕掛けの金庫に預けます。私が返さなければ、金庫が中身を自動であなたに渡します」。
この条件なら、貸し借りは成立します。相手が何者でも、たとえ逃げても、金庫が担保を渡す決まりになっている。少なくとも、金庫が設計どおりに動くかぎりは。信じているのは相手の人柄ではなく、金庫の仕掛けのほうです。
DeFi(分散型金融)の貸し借りは、多くがこの形で動いています。機械仕掛けの金庫にあたるのが、スマートコントラクト。条件を満たすと自動で実行されるプログラムです。担保を預かり、返済がなければ貸し手に渡す。ここまで全部プログラムが処理するので、審査係はどこにもいません。
カギは、借りる額より多めに預けさせる点にあります。10万円借りるなら、預けるのは12万〜15万円分あたり、というのが主要なサービスの最低ラインです(水準は資産やサービスで異なります)。預ける暗号資産は値動きが激しいものが多いので、担保が多少下がったくらいでは貸し手が損をしにくいよう、あらかじめ余裕を持たせてあるのです。
売ればいいのに、なぜ借りる
ここで素朴な疑問が湧きます。15万円分の資産があるなら、売って現金にすればいいのでは?
答えはいくつかあります。値上がりを期待してまだ持っていたい人もいれば、手放したくない事情のある人もいる。要するに「売りたくない。でも現金は要る」。
そこに税金の事情が重なります。日本では、暗号資産を売って利益が出ると、原則としてその利益に税金がかかります。値上がりしたイーサ(ETH)を売れば、課税の対象。売らずに担保として預けてお金を借りるだけなら、一般に、その時点では売却とは扱われないとされています。ただし扱いはややこしく、担保が強制的に売られた場合など状況しだいで課税のされ方が変わりえますし、公式に確定していない部分も残っています。実際に使うときは、税理士など専門家に確認しておくのが安心です。
発想としては、不動産担保ローンに近いものです。住み続けたい家を売らずに、その価値だけを担保に差し出してお金を借りる。DeFiの貸し借りは、家の代わりに暗号資産でそれをやっています。といっても、似ているのは発想まで。住宅ローンのような整った制度とは別世界の、まだ若い仕組みです。
通知も、猶予もない
便利そうに見えて、この世界には独特の怖さがあります。
ひとつは、清算と呼ばれる仕組みです。担保の暗号資産が値下がりして借りた額との差が縮まると、あらかじめ決められた条件で担保が強制的に売られ、貸したお金の回収に充てられます。電話は来ません。「あと3日待って」も通じません。条件を満たした瞬間に、プログラムはただ実行するだけです。相場の急落は深夜でもおかまいなしなので、多めの担保でも値下がりに追いつかず、朝起きたらもう売られていた。そんな人が実際にいます。
もうひとつは、プログラムそのものの欠陥です。スマートコントラクトは人間が書いたものなので、設計や実装にすきがあれば、そこを突かれて、預けた資産ごと抜き取られてしまう。こうした攻撃で多額の資金が流出した事例は、何度も報告されています。コードの外部監査や、欠陥を見つけた人への報奨金など、守る側の工夫も進んでいますが、いたちごっこの面は残ります。人を審査しなくてよくなった代わりに、今度はプログラムが弱点になりうるわけです。
金庫が開くのは、困っていない人だけ
もっとも、この金庫は誰にでも開くわけではありません。開くのは、借りたい額より多くの資産を持っている人だけ。つまり審査なしで借りられるのは、そもそもお金に困っていない人だけ、という逆説つきです。担保のない人にも貸すために人を調べる銀行の審査とは、解いている問題がそもそも違います。
それでも、この仕組みが示したことは残ります。「相手を信じる」を「仕組みを信じる」に入れ替えると、人を調べる工程はまるごといらなくなる。お金の貸し借りの、ずいぶん根っこの部分を組み替えた発想です。