1米ドルのはずが、1米ドルじゃなくなった週末
2023年3月のある土曜日。「いつでも1米ドル」を目指して設計されたコインが、0.87米ドル前後まで下がりました。名前は「ステーブル(安定)コイン」。その週末に、何が起きていたのでしょう。
銀行が倒れて、コインが揺れた
下がったのはUSDC。米ドルに価値を連動させることを目指す、代表的なステーブルコインのひとつです。発行元のサークル社(Circle)は、発行した量に見合う現金や米国債などを準備資産として持ち、いつでも1米ドルと交換できる状態を保とうとしています。
つまずいたのは、その準備資産の置き場所でした。現金の一部、約33億米ドルを預けていたシリコンバレー銀行(SVB)が、金曜日に経営破綻したのです。「準備金が戻ってこないかもしれない」。不安が広がると、USDCを手放す動きが殺到します。冒頭の0.87米ドルは、こうして付いた値段でした。
株式市場は週末で休みでも、暗号資産の取引は24時間止まりません。銀行の外でお金を動かせる、とされる暗号資産の一種が、その銀行の破綻に揺さぶられる。しかも週末は銀行が閉じているので、1米ドルへ戻そうとする動き(償還)も止まったまま。ちぐはぐな構図が、週末のあいだ画面に映り続けました。
米当局が預金の全額保護を表明すると、週明けには価格がほぼ1米ドルへ戻ります。それでも数日のあいだ、「1米ドルのはず」が1米ドルでない状態は、確かにありました。
その前の年は、戻らなかった
実はその前の年に、もっとひどい例が起きています。2022年5月のテラUSD(UST)です。USTには、現金や国債といった裏付けがありませんでした。別のコイン(LUNA)を発行したり消したりして1米ドルとの差を埋める、自動プログラムだけの設計だったんです。支え役が同じ経済圏のコインなので、そちらの価値が落ちれば、支える力も同時に落ちます。
そこに急激な売りが重なり、均衡が崩れます。USTの下落がLUNAの下落を呼び、それがまたUSTへの不信を深める。この悪循環で、価格は数日のうちにほぼゼロまで落ちました。関連する資産はあわせて約400〜500億米ドル規模が失われたとされ、多くの人が大きな損失を負いました。
USDCとの違いは、その後です。こちらは、戻りませんでした。
「1米ドル」を支えているもの
つまずいた場所は、それぞれ違います。USDCは準備資産をどこに置くかという管理の問題、USTは価値を保つ仕組みそのものの問題でした。ただ、共通点がひとつあります。発行元や仕組みへの信頼が揺らいだ瞬間、「1米ドル」は維持されにくくなることです。
ステーブルコインは、値動きの激しい暗号資産の世界で、価値を一時的に置く場所として、また送金の手段として使われています。ただ、名前の「ステーブル(安定)」が指しているのは、結果の保証ではなく、コインの設計上の目標です。
この2件のあと、動いたのは世界のほうでした。準備資産をどこに、どんな形で置くか。裏付けを持つ型と、コイン同士で支え合う型。曖昧だった境目に、少しずつ線が引かれていきます。2023年3月のあの週末に揺れたのは、準備資産の一部を破綻した銀行に預けていたコインで、すべてのステーブルコインが揺れたわけではありません。
多くの日は、何ごともなく1米ドルは1米ドルのままです。それでも画面のその数字は、発行元や仕組みが信じられているあいだだけ成り立っています。分かれ目になったのは「安定」という名前ではなく、その下にある条件のほうでした。