動かしたいのは6セント。手数料は、616米ドル
イーサリアムで、1米ドルにも満たない6セントほどのイーサ(ETH)を別のコインに交換しようとした人がいました。提示された手数料は、616米ドル。動かしたい金額の、およそ1万倍です。
200円でも200万円でも、作業は同じ
この値札にも、ちゃんと理屈があります。イーサリアムの処理は、世界中に散らばったコンピューターが分担しています。「AさんがBさんにお金を送った」という記録を確かめ、ブロックチェーンに書き込んでいく。もちろんタダではなく、使う人は手数料を払います。
手数料の名前は「ガス代」。由来は車の燃料で、処理が複雑になるほどたくさん使う、というイメージです。軽いのは、イーサをそのまま送るだけの取引。重いのは、新しいコインを作ったり、イーサなどの暗号資産を、銀行を通さずに貸し借りしたり(DeFi=分散型金融)といった、ネットワークに複雑な作業をさせる取引です。やることが増えるぶん、ガス代もかさみます。
つまり基準は、動かす金額ではなく処理の重さ。200円を送っても、200万円を送っても、ネットワークがやる作業は同じです。だから手数料も変わりません。銀行の手数料に慣れた感覚だと、なかなか不思議な値付けに見えます。
順番は、見えないオークションで決まる
イーサリアムが一度に処理できる取引の量には、上限があります。使いたい人が一斉に押し寄せると、さばききれません。そこで「どの取引を先に通すか」を決める必要が出てきます。ルールは単純で、高い手数料を積んだ取引から先に処理されます。
雨の夜、ウーバーイーツの配送料が跳ね上がっているのを見たことはないでしょうか。頼みたい人が増えれば、値段が上がる。イーサリアムでも同じで、ガス代は刻一刻と動きます。混めば上がり、すけば下がる。使う人は取引のたびに、気づかないまま小さなオークションに参加しているわけです。
2021年、ガス代が跳ね上がったころ
この仕組みが極端な形で出たのが2021年です。デジタルの絵や会員権を売り買いするNFT(非代替性トークン)や、先ほどのDeFiが一気に流行り、ネットワークに取引が殺到しました。NFTを新しく発行する操作ひとつに、時間帯によっては60〜250米ドルの手数料がかかったと報じられています。
それでも、払う人は絶えませんでした。発行したNFTが、手数料よりずっと高く売れるかもしれない。動かす額が大きければ、数百米ドルの手数料は気にならないかもしれない。手数料を払ってなお割に合う取引ほど、競りでは強気に積めます。そんな入札がひしめいて、競りの相場そのものが押し上げられていったのです。
冒頭の6セントの人が616米ドルを提示されたのも、この渦中でした。あの値札は誰かの嫌がらせではなく、混み合った競りが決めた席代です。6セントの交換で座るには、あまりに高い席でした。
だから当時の使い手は、操作の前にまずガス代の相場を確かめました。急ぎでなければ、混雑が落ち着く深夜を狙う。そんな知恵が、当たり前のように共有されていた時期です。
1台のトラックにまとめる
さすがに不便だ、という声を受けて広まったのが「レイヤー2(L2)」という仕組みです。イーサリアム本体の外でたくさんの取引をまとめて処理し、結果だけを本体に書き込みます。荷物を1個ずつ別便で送らず、同じ方面ゆきを1台のトラックにまとめて運ぶ発想です。
これが広がって、混み合っていた取引の多くはレイヤー2側へ移りました。レイヤー2なら、本体で直接やるよりずっと安く済むからです。イーサリアム本体のガス代も、その後の改良が重なって、2021年のころのような水準ではなくなりました。それでも「混めば上がる」という根っこは同じ。ふたたび利用が殺到すれば、値段はまた跳ねます。
混み具合が、そのまま値段に出る。6セントの取引に616米ドルの値札がつくのは、理不尽に見えて「いま、この道はそれだけ混んでいる」を映した数字でもあるのです。