クリプトコラム

404のふたつ隣に、30年眠る番号がある(後編):起こしたのは、人間ではなかった

公開日2026年10月13日

「読みたいなら、その場で少額の報酬を払って」。ウェブにそう求められ始めたAIは、しかし自分の財布が持てません。前編はそこで終わりました。なぜ持てないのか。話は、申込書の1行目から始まります。

申込書の1行目で、止まる

AIエージェント(人に代わって作業をこなすAI)は、仕事の途中で外部の有料サービスを次々に借ります。そのぶん、支払いも次々に発生します。ところが、それを自分で済ませる方法が、AIにはほぼありません。銀行口座にもクレジットカードにも、本人確認や審査という関門があります。どれも、申し込むのは人間だという前提で作られた仕組みです。身分証を持たないAIは、最初の関門で止まります。

決済の大手は、この前提を作り替えようとしています。ビザは2025年、AIが利用者に代わって買い物をするための構想を発表しました。グーグルも同じ年、マスターカードやペイパルなど60を超える組織と、AIエージェントの支払いの共通ルール「AP2」を公開。ストライプは2026年、ソフトウェアどうしがその場で払い合うための標準「MPP」を打ち出しました。いまある決済網を、AIが通れる形に広げていく路線です。

誰かが、402を実際に使い始めた

別の路線を選んだのがコインベースです。2025年に公開した「x402」は、人間用の決済網を広げるのではなく、最初からソフトウェアが払う前提の仕組みで、眠っていた402をそのまま呼び覚ましました。AIが有料のデータを取りに行くと、サーバーが「402=ここから先は支払いが必要」と返す。AIはその場で自動的に支払い、そのまま仕事を続ける。審査もカード番号も出てきません。

実際の支払いに使われているのは、主にステーブルコインです。米ドルなどの資産に価格を連動させることを目指す暗号資産で、値動きが小さいぶん、機械の自動払いに向いています。勢いもつき始めました。一説には、x402を通った支払いは、主な舞台であるBaseというブロックチェーンの上だけで、2026年の1〜3月期までに累計1億件を大きく超えたと言われています。もっとも、この伸びの多くはミームコイン絡みの自動的な繰り返し取引が押し上げたもので、落ち着いた実需はこれからです。

そのお金には、管理する人がいる

ここで終われば、きれいな話です。ただ、もう一段あります。ステーブルコインには発行体がいます。USDCを発行するサークル社は、違法な行為に関わると判断したアドレスのUSDCを凍結できると規約に定めていて、政府当局の正式な命令があれば凍結を義務づけられることもあります。米国では2025年、発行体を連邦の規制の枠組みに入れるGENIUS(ジーニアス)法も成立しました。利用者にとっては保護が整っていく話であると同時に、このお金が発行体と国家の管理の内側で動くという事実でもあります。

発行体のいない、もうひとつの財布

それなら、発行体そのものがいないお金はどうか。そう考える人たちが候補に挙げるのが、ビットコインです。もともと「金融機関を介さずに、当事者どうしで直接送れる電子現金」として設計され、発行する会社も、凍結を命じられる本社もありません。細かい支払いが苦手という長年の弱点に対しては、ライトニングネットワークという上乗せの仕組みが使われるようになっています。数円よりもっと細かい支払いを、ほとんど手数料なしで一瞬に。その課金の合図に使われているのも、やはり402です。ビットコイン版は「L402」と呼ばれ、AIが自分の財布としてビットコインを持つための道具も、すでに公開されています。

もっとも、ビットコインの価格は大きく動きます。支払いのたびに値打ちの変わるお金は、機械の会計には悩ましい性質です。そして、管理する人がいないということは、間違えて払っても、財布を乗っ取られても、取り消してくれる相手がいないということでもあります。だからいまは、規制とともに整っていくステーブルコインと、管理者そのものがいないビットコイン。性格の違う2つの財布が、同じ402の上に並び始めています。

90年代のウェブが用意して、人間がほとんど使わないままだった部屋。30年近くたって、そこに住み着いた最初の客は、人間ではありませんでした。

参考情報(外部サイトへ遷移します)