クリプトコラム

量子コンピュータに備えてビットコインを引っ越すには、本人の署名がいる。持ち主が消えた約110万枚はどうなるのか

公開日2026年10月19日

今住んでいる家が危ないなら、人は新しい家へ引っ越せばいい。ビットコインにも引っ越し先(保管先)を用意する案がありますが、引っ越すには持ち主本人の署名が必要です。2011年に姿を消した人が遺した、約110万枚のコインには、まだ署名する人が現れていません。では、動けないコインは、この先どうなるのか。

新しい署名方式へ引っ越すにも、本人の署名が要る

ビットコインを動かすときは、いまも「これを動かしていいのは自分です」と証明する署名がいります。いまのコンピュータでは事実上破れないこの署名の方法を、量子コンピュータなら破れるかもしれない、と危惧する声があります。

これに対する予防策は、量子コンピュータに強い新しい署名方式への引っ越しです。候補となる量子耐性署名方式はすでに研究されており、標準化も進んでいますが、そのまま載せ替えると手数料の負担が増大しかねません。

では、誰かが代わりにまとめて移してあげればいいのでは。それができる人がいるなら、その人は他人のコインを動かせることになります。ビットコインは、そういう役の人を置かない作りです。

この引っ越し自体にも、いまの鍵を使った署名がいります。持ち主が自分で手続きしない限り、コインは新しい住まいへ移れません。

2011年に姿を消した人の、約110万枚

ビットコインの生みの親と言われるサトシ・ナカモトは、2009年から2010年にかけてマイニングし、2011年を最後に人前から姿を消しました。残されたのは、最初期にマイニングされたとみられる推定約110万枚のコインです。

これらのコインは、いまも当時のままの初期の形式のアドレスに置かれています。量子に強い新しい形式へ引っ越すには、サトシ本人の署名がいります。ところが、その本人は現れません。では、なぜこの推定約110万枚が、名指しで心配されているのでしょうか。

サトシのコインは、送金する前から鍵の手がかりが見えている

送金に使う鍵の手がかりは、ふつうは送金するときに初めて外に出て、それまでは隠れています。一方、サトシのコインは、初期のやり方でマイニングされたため、送金していなくても、この手がかりがすでに見えたままです。

見えても平気なのは、手がかりから本物の鍵を割り出す、いわゆる逆算が、いまのコンピュータでは事実上できないからです。しかし、量子コンピュータは、まさにこの逆算を得意にすると考えられています。「見えていても平気」という前提が、そこだけ先に崩れます。

この状態のコインは、2026年3月1日の時点で全ビットコインの30%を超えると推察されています。上述のサトシの推定約110万枚もこれに含まれます。

破るのに要る規模は、これまでの約20分の1と見積もり直された

グーグルの量子研究チームが2026年3月に公表した試算で、ひとつの目安が動きました。ビットコインの署名を破るのに必要な量子コンピュータの規模が、これまでの見積もりの約20分の1(推計)で済む、という数字です。ハードルが一気に下がった、と受け止められました。

必要な規模が縮んだいま、割れているのは、対策を急ぐかどうかという意見。

期限までに引っ越さないコインを凍結する案などが議論されている

ビットコインには、号令ひとつで修正を配れる管理者はいませんが、開発者やマイナー、利用者の幅広い合意があればプロトコルは変更できます。量子に強い署名をいずれ取り入れる方向はおおむね共有されていますが、何を、どこまで踏み込んで変更するかは割れています。

急ぐべきだと考える人たちは、量子に弱い形式のコインに5年ほどの期限を区切り、段階的に古い形式を使えなくして、期限までに引っ越さなかったコインを凍結してしまう案を出しています。

泥棒から守るための期限のはずが、期限が来て動けなくなるのは、名乗り出なかった持ち主のコインです。

慎重派の主張は逆で、コインを使えなくする変更を急いで入れることこそ危ない、というものです。盗まれるのを防ぐ案を実行すれば、名乗り出ない持ち主の財産まで閉じ込めることになる、という指摘も出ています。凍結案が実行されれば、サトシのものと言われる推定約110万枚も、名乗り出ない限り凍結の対象となります。

完成の時期は、まだ示されていない

その量子コンピュータが実際にいつ完成するかは、この試算でも示されていません。鍵や署名のデータを軽くする研究も、まだ続いています。

サトシは、まだ名乗り出ていません

サトシ・ナカモトは、2011年を最後に一度も姿を見せていません。その間も、遺されたコインは同じアドレスに置かれたままです。量子コンピュータがどこまで近づくのか、凍結案が実行されるのか。どちらの答えが先に出ても、コインはまだ一度も動いていません。

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