「スマホ決済で十分」はその通りです。では、なぜ別のお金が生まれたのか
「ステーブルコインなんて使わない。スマホ決済で十分」。日本で暮らすなら、これはかなり正しい実感です。それでも世界では、別のお金がわざわざ作られています。送金画面はそっくりなのに、実は、その下で動いているものがまるで違うのです。
画面は同じでも、動いているものが違う
スマホ決済で「送る」を押したとき、動いているのはお金そのものではありません。決済会社の帳簿の中にある数字です。「Aさんから引いて、Bさんに足す」と、その会社が自社の台帳を書き換えているだけ。お金は会社が預かったままで、あなたが持っているのは「この金額だけ、その会社の中で使えます」という会社への権利です。管理しているのは、あくまでその決済会社です。
ステーブルコインも、正体は台帳に記された数字です。そこは同じ。違うのは、その台帳が「誰のものか」と「誰が持っているか」です。スマホ決済が一社だけの帳簿なのに対し、ステーブルコインが載るのは、世界中の多数のコンピュータが同じ内容を共有する台帳、ブロックチェーンです。持ち方は、使い方によって分かれます。取引所などの事業者に預けて持つ方法では、スマホ決済と同じく、管理するのは預け先の事業者です。一方、自分で持つ方法では、その持ち分は、あなただけが使える「鍵」で直接コントロールします。会社に預けるのではなく、自分で持つ。送るときも、会社にお願いするのではなく、自分の鍵で承認すれば、その共有台帳に「AからBへ移った」と記録されます。
会社が預かって動かす数字と、自分の財布に入れて持ち歩く現金。似た画面の下で、その正体はここまで違います。
一社の中でしか使えないお金
スマホ決済の場合、決済会社の帳簿の中の記録である以上、その金額は、その決済会社のシステムの中でしか意味を持ちません。だから送れる相手は同じアプリの利用者だけ、使えるのは加盟したお店だけ。海外に住む友達には送れないし、旅行先の店で残高は使えません。機能が足りないのではなく、この世界にそもそも「外」がないのです。
そして、閉じているからこそ守られてもいます。国のルールのもとで登録を受けて運営され、困ったときには問い合わせ窓口があり、不正利用には会社が補償に動くこともあります。速くて、安心。毎日の買い物や友達との割り勘には、これは弱点ですらありません。むしろ、十分です。
決済会社の外まで動くお金
一方ステーブルコインの場合、自分の鍵で直接持っているものは、特定の会社のシステムに縛られません。ステーブルコインが動くのは、さきほどの共有台帳の上。誰の敷地でもない場所です。ウォレットと呼ばれる自分のアドレスさえあれば、相手が同じアプリの会員かどうかに関係なく受け取れます。
すると、送金の常識も変わります。銀行をまたぐ海外送金が着金まで何日もかかることがあるのに対し、夜間も土日も止まらず、隣町でも地球の裏側でも手順は同じ。海外で働いて母国の家族に仕送りする人にも、留学する子どもに送金する親にも、送り先がウォレットでありさえすれば、同じやり方で届きます。かかるコストも、距離や金額ではなく、そのときのネットワークの混み具合で決まります。
自分で持っているのに、止められることもある
ただし、自分で持てることは、いいことずくめではありません。スマホ決済では、問い合わせへの対応や不正利用時の補償を決済会社が担っています。自分で持つ場合は、それを担う会社がありません。まず、鍵をなくせば誰も代わりに開けてくれず、送り先を一文字間違えても、あとから取り消すことはできません。
そして、こうしたお金の多くには、発行元の会社がいます。米ドルに連動する代表格のUSDC(ユーエスディーシー)やUSDT(テザー)にも、それぞれ発行する会社があります。会社を置かず仕組みだけで動くタイプもありますが、いま広く使われているのは発行体のいるほうです。発行体は、自分が出したステーブルコインを止めることもできます。これはUSDCでもUSDTでも変わらない、発行体がもっている仕組みです。実際、テザー社(Tether)が米当局と連携し、犯罪や制裁に関わったとされる財布のステーブルコインを、一度に約3億4,400万米ドル相当止めたこともあります。自分の鍵で持っていても、「誰にも止められないお金」とは限らないのです。
「安定」も約束ではありません。その崩れ方には、いくつか種類があります。USDCやUSDTが米ドルなどの資産を裏付けに置くのに対し、2022年に1週間ほどでほぼ価値を失ったテラUSDは、裏付け資産を持たず、アルゴリズムだけで価格を保とうとするタイプでした。とはいえ、USDCやUSDTのように裏付けの資産があるタイプでも、その中身や運用まで外から完全に見通せるわけではありません。「安定」という名前が、結果まで守ってくれるわけではありません。
だから、どちらが上という話ではありません。スマホ決済は、会社が預かって記録で動かす、日常のための道具。ステーブルコインは、自分の鍵で持てば、境界の外まで動かせるお金です。別のお金が生まれたのは、便利さが足りなかったからではなく、その便利さが届かない場所があったからです。