クリプトコラム

ステーブルコインを買う人が、気づかないうちに米国債を支えている

公開日2026年10月26日

米国債の大口保有者といえば、日本や中国といった国の名前が並びます。そのランキングに2026年3月末の数字を当てはめると、17位と18位のあいだに、国ではないものが割り込みます。スマホの中で使える「デジタルの米ドル」を発行する、一民間企業です。

韓国一国より多くの米国債を持つ会社

その会社は、米ドルに連動することを目指すステーブルコイン、USDTを発行するテザー社(Tether)です。2026年3月末時点で、米国債とその関連資産の保有があわせて約1,410億米ドルにのぼると公表しています(出所:テザー社 2026年Q1開示)。米財務省が公表する国・地域別の保有額で同じ2026年3月末を見ると、17位のサウジアラビアが約1,520億米ドル、18位の韓国が約1,368億米ドルです(出所:米財務省 TIC統計)。テザー社の数字はこの2つのあいだに入り、韓国を上回ります。

ふだんは送金や取引の道具として使われている、デジタルの米ドル。その発行元がいつのまにか、これほどの米国債を抱えていました。なぜそうなるのでしょうか。

発行が増えるほど、準備金に米国債がたまっていく

USDTや、同じく広く使われるUSDCは、法定通貨担保型と呼ばれるタイプのステーブルコインです。コインを1米ドル分発行したら、同じ1米ドル分の現金や米国債などを準備金として手元に置いておく、という設計になっています。持ち主から「本物の米ドルに戻したい」と求められたときに、きちんと戻せるようにしておくための備えです。

この設計だと、コインが世界で使われるほど準備金の側も膨らみます。しかも発行体は準備金の多くを米国債で持つので、ステーブルコインの普及と米国債の需要は連動しやすくなります。

では、なぜ発行体は準備金を米国債で持ちたがるのでしょうか。答えは利息です。集めたお金を米国債に換えておけば、その利回りは発行体に入ります。一方で、USDTやUSDCの持ち主に、発行体から利息は払われません。米国で2025年に成立したステーブルコインの法律も、発行体が持ち主に利息を払うことを禁じる規定を置いています(出所:GENIUS法 第4条(a)(11))。

利用者が受け取るのは、送金の速さや米ドル建てで持てるという便利さのほうです。テザー社が2026年4〜6月期に約15億米ドルの営業純利益を上げたのも、利息は発行体、便利さは利用者と、受け取るものが分かれているからです。同社は、この利益の中心が米国債とレポ取引(米国債を担保にした短期の貸し付け)からの収入だったと説明しています(出所:テザー社 2026年Q2開示)。もっとも発行体の側も、求めに応じて米ドルに戻す備えや、準備金の管理といったコストは負っています。

預けたお金が裏で運用されること自体は、目新しい話ではありません。銀行預金も、Suicaのようなプリペイド残高も似た構図です。珍しいのはその規模で、集まった残高が国家のランキングに顔を出すところまで膨らみました。

米国の法律が、米国債の買い手を増やす

2025年、米国でGENIUS法という法律が成立しました。発行するコインの裏付けを、現金や短期の米国債といった換金しやすい資産で持つよう発行体に義務づける内容です(出所:ホワイトハウス GENIUS法ファクトシート、2025年7月)。

このルールには、利用者を守るという狙いがあります。それと並んで、もう一つの効果が公然と語られてきました。その効果とは、ステーブルコインの普及が米国債への需要増加につながり、米ドルの基軸通貨としての地位を支える基盤となることです(出所:米財務省 ベッセント長官の声明、2025年7月)。

ステーブルコインが広がるほど、その裏付けとして短期の米国債を買う担い手が増えていく。それを隠すどころか、むしろ前向きに打ち出しているわけです。実際、ステーブルコインへの資金の出入りが短期の米国債の利回りに影響することを示した研究もあります(出所:BIS Working Papers No.1270「Stablecoins and safe asset prices」、2025年5月)。

自国通貨の価値が不安定な国や、銀行口座を作りにくい地域では、手元のスマートフォンでステーブルコインを持ち、米ドルに連動する価値のまま貯めたり送ったりする使い方も生まれています。紙の米ドルが届かなかった場所に、デジタルの米ドルが先に届いている格好です。ただし、1米ドル分の準備金を置いておく設計でも、市場で売り買いされるコインの値段がいつも1米ドルちょうどに保たれる保証はありません。準備金で払い戻しに応じられるのか疑われると、コインを手放す人が増えて値段が下がります。2023年3月には、USDCの準備金の一部を預けていた米国の銀行が破綻し、USDCの値段が一時0.87米ドルまで下がりました(出所:Chainalysis ブログ)。準備金の中身や透明性がたびたび議論の的になってきたのも、そのためです。

発行元は、その一存で特定の相手の残高を凍結できます。実際、犯罪や制裁に関わるとされたウォレットアドレスに対して行使されてきました。紙の米ドルにはできない芸当です。国や地域によっては、規制で扱えないこともあります。EUでは、暗号資産を包括的に規制する法律(MiCA)の要件を満たさないステーブルコインについて、欧州証券市場監督機構(ESMA)が域内の暗号資産交換業者に2025年3月末までに取り扱いを改めるよう求め、大手の交換業者は域内の利用者向けにUSDTの取引を止めました(出所:ESMA 2025年1月17日の声明ほか)。一民間企業が国家並みの米国債を抱えるこの構図を今後どう扱うかは、規制当局が議論を続けています。

送金が速い、米ドルで持てる。その便利な小さな一枚一枚のステーブルコインが、積もって国家並みの米国債の買い手になっています。