パスワードを戻してもらえるお金と、止める人がいないお金
パスワードを忘れても、「お忘れですか?」を押せば数分で元通り使えます。これは便利ですが、同じボタンを押せる相手は、あなたの残高を止めることもできます。直せる強さと、止める強さは、いったい何が同じなのでしょうか。
直せる力と止める力は、同じ権限から出ている
銀行振込でもスマホ決済でも、パスワードを忘れたら「お忘れですか?」を押します。本人確認をして、入口を開け直してくれる誰かがいるからです。
その誰かは、残高の記録も管理しています。仮にトラブルがあれば取引を止めるのも、同じ管理者の仕事です。止めるほうの力だけ取り上げればいい、と思う人もいるでしょう。そうはいきません。パスワードを直す力も、取引を止める力も、同じ管理者が持つ一つの権限です。私たちはふだん、誰かが記録を正しく管理してくれていると信じています。
この力を実際に使った例が、ステーブルコインの発行会社にあります。
発行会社は、約3億米ドル以上を実際に止めた
USDTを発行するテザー社(Tether)は2026年4月、不正に関わったとされる約3億米ドル相当の資金を、米国の法執行機関と連携して凍結したと公式に発表しました。その資金は、発行会社の手で動かせなくなりました。
パスワードを戻してくれる会社は、同じ方法で取引(引き出し)を止めることもできる会社です。
では、この止める力を、最初から誰にも持たせないお金はつくれるのでしょうか。
ビットコインには、止める役も戻す役もいない
テザー社の手元にあったのは、止めるボタン。ビットコインのルールには、そうした止める役も、戻す役も置かれていません。取引が正しいかどうかは、利用者が自分のコンピュータで検証できます。パソコンで他の作業をしながらでも動かせるプログラムです。確かめる役を、特定の会社に任せなくても済みます。
利用者が自分で確かめられるので、確かめる役の会社は要りません。管理者を置かないビットコインには、パスワードを戻す相手も、残高を止める相手も、最初から存在しません。
窓口がない代わりに、合言葉をなくせば戻らない
止める力は、犯罪に使われた資金を断つ安全網にもなります。ただし、止めてほしいときに止めてくれる相手は、止めてほしくないときにも止められます。旅行先で、カード会社の不正検知にかかってクレジットカードが急に止まるのも、その一つです。本人が使っていても、確認が取れるまで止まったままです。
自分の鍵を自分で持てば、資金を止めたり動かしたりできる第三者はいません。そのかわり、鍵を取り戻すための合言葉をなくしたとき、「お忘れですか?」に代わる窓口はどこにもありません。本人確認をして対応してくれる担当者も、最初からいません。端末をなくしたり壊したりしたとき、鍵を取り戻せるのは、その合言葉だけです。付け忘れたのではなく、最初からそういう設計です。
事業者に預ける形を選べば、パスワードの再設定も、問い合わせの窓口もあります。そのかわり、預け先は、あなたの資金を止めたり動かしたりできる立場になります。
「お忘れですか?」があるお金には、止めるボタンも付いています。自分で鍵を持つビットコインは、止まらず、戻りもしません。
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