クリプトコラム

持ち主が「1,000万米ドル払うので、返してください」と泥棒に宛てたその手紙は、誰でも読める場所に貼ってありました

公開日2026年11月02日

盗まれたお金を返してほしくて、盗んだ相手に手紙を書いた人たちがいます。宛先は、名前も顔も分からない誰か。貼り出した場所は、世界中の誰でも読める、いわゆる「ブロックチェーン」上でした。

宛先は、名前のない相手

2022年2月2日、約3.2億米ドル相当が一度に持ち出されました。被害にあったのは取引所でも、個人のウォレットでもありません。ソラナ(Solana)とイーサリアムという別々のブロックチェーンのあいだで資産をやり取りするための仕組み、ワームホール(Wormhole)でした。

その約2時間後、ワームホールの開発チームが、イーサリアムのブロックチェーンに1件の取引を書き込みます。中身は送金ではなく、文章でした。

「We'd like to offer you a whitehat agreement, and present you a bug bounty of $10 million」。善意の発見者としての合意を結びませんか。手口の詳細と、発行したぶんの返却と引き換えに、1,000万米ドルの報奨金をお渡しします。

盗んだ相手に、1,000万米ドル払うので返してください、と持ちかけたわけです。しかも私信ではありません。ブロックチェーンに書き込まれた文章は、誰でも読めて、あとから消すことは、事実上できません。

しかし、その後返事は、来ませんでした。

なぜそこまでして返してほしかったのかといえば、ワームホールが預かっていたはずの資産が、足りなくなっていたからです。

預けていないのに、預かり証だけが出ました

ソラナとイーサリアムは、そのままでは行き来できません。それぞれが自分の台帳を持つ、別々のブロックチェーン(略して「チェーン」とも呼びます)だからです。あいだをつなぐ仕組みはブリッジと呼ばれ、多くはこんなやり方をとります。

たとえば、イーサリアム上の資産をソラナで使いたいときは、まず送り出す側のイーサリアムで、資産をそこに置いたまま、動かせない状態にします。よそへ運ぶのではなく、その場に留め置きます。そのうえで受け取る側のソラナで、預かり証にあたる別のトークンを発行します。帰るときは預かり証を返して、イーサリアムに留め置かれていた資産をまた動かせるようにします。

ところがこのとき、プログラムの検証手順の欠陥を突かれ、何も預けないまま預かり証だけが発行されました。預かり証が120,000枚発行されたのです。当時の相場で約3.2億米ドル相当。裏付けになる資産は増えていないのに、それと同じだけ引き出せる券が世に出たことになります。

攻撃した人は、その券を使って資産を持ち出しました。残ったのは、出回った預かり証に資産が追いつかない状態です。このまま放っておけば、預かり証を持っている人の手元にあるのは、引き換えるもののない券になります。

このような事件は、ソラナに限った話ではありません。チェーンをまたぐ仕組みを狙った盗難は、2022年8月2日までに13件・約20億米ドルにのぼり、その年に盗まれた資金全体の約70%相当を占めたと言われています。

片方のチェーンに預け、もう片方のチェーンで預かり証を受け取ります。チェーンを行き来する人が増えるほど、ブリッジが留め置く資産は増えます。価値がまとまって置いてある場所ほど、狙われやすくなります。

しかも、つなぎ方の設計はまちまちでした。新しい型が次々に試されている最中で、設計が違えば、突かれどころ(脆弱性)も違ってきます。

この弱さは、いまも残っています。2026年4月18日には、別のブリッジでも数億米ドル規模の被害が発生しました。今度はプログラムの欠陥ではなく、向こうのチェーンで何が起きたかを確かめる係のほうが破られています。

翌日、自腹で埋めた会社

足りなくなった裏付けは、事件の翌日、2022年2月3日に埋まりました。埋めたのは、盗まれた人たちでも、保険会社でもありません。ワームホールの開発に深く関わってきたトレーディング会社、ジャンプ・クリプト(Jump Crypto)が、自社が持っていた120,000イーサ(ETH)をそっくり差し出したのです。

同社の当時の社長、カナフ・カリヤは、その理由をこう書いています。「Jump put up 120k of its own ETH because we believe in Wormhole and want to support it in this stage of its development」。ワームホールを信じていて、いまの段階のワームホールを支えたいので、自社の120,000 ETHを出しました。

誰かが埋めなければならない決まりがあったわけではありません。ジャンプ・クリプトは事件の前からワームホールを支えてきた当事者で、その立場で、本来支払い義務のない補填を行いました。

盗まれた資産が戻ってきたわけではありません。空いた分をジャンプ・クリプトの資産で立て替えて、預かり証の裏付けをもとの水準に戻した、という話です。プログラムの欠陥のほうも修正され、ワームホールは稼働を再開します。

同じ額の報奨金が、3週間後に欠陥を報告した研究者へ渡った

2022年2月24日、satya0xと名乗る研究者が、ワームホールがイーサリアムで動かしている部分に、別の重大な欠陥を見つけます。その欠陥を使って資産を持ち出すことはせず、正規の窓口から報告しました。欠陥は同じ日のうちに修正され、利用者のお金は失われていません。

支払われた報奨金は、1,000万米ドル。バグ報告への支払いとしては、当時の記録を塗り替える額でした。

3週間前、ワームホールが資産の返却と引き換えに犯人へ提示し、返事のないままになった報奨金と同じ額です。欠陥を使って資産を持ち出した犯人には渡らず、欠陥を見つけて報告した研究者に渡りました。

1年後、盗まれたお金は動いた

持ち出された資産は、イーサリアム上のいくつかのサービスを経由したあと、オアシス(Oasis.app)というDeFi(分散型金融)サービスに落ち着きます。利用者が資産を預け、それを担保にステーブルコインのDAI(ダイ)を借りられる仕組みです。犯人は盗んだ資産を寝かせていたのではなく、担保に入れて7,800万米ドル相当を借りていました。

2023年2月21日、そのオアシスが動きます。イングランド・ウェールズ高等法院の命令に従い、自社の管理者用の鍵を使って、この利用者の預かり分を動かしました。移されたのは約2億2,500万米ドル相当。宛先は裁判所が認めた第三者の管理するウォレットで、その第三者はジャンプ・クリプトだと報じられました。

分散型をうたうサービスが、なぜ利用者の預けた資産を動かせたのか。オアシスの説明によると、回収が可能だったのは、管理者用の鍵の仕組みに、それまで知られていなかった欠陥があったためでした。しかもその鍵の権限は、もともと攻撃から利用者の資産を守るためだけに置かれたものでした。戻ってきたのは、消えた額の全部ではありません。

穴をあけたのはプログラムの欠陥でした。けれどもそのあと起きたことは、どれも人が決めたことです。返してくれと公開の場で頼んだ開発チーム。義務がないのに立て替えた会社。裁判所の命令を受けて、自社の鍵を回した運営。

穴をあけたのはコードでした。しかし、穴を埋めようとしたのは人でした。

1,000万米ドルの申し出は、いまもイーサリアム上に残っています。返事のないまま、誰でも読める場所に貼られたままです。