本稿は2025年10月21日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
サマリー
- 9月のアジア現地通貨建て国債は、利回りが低下した米国債とは乖離した動きをみせて、利回りが概ね上昇した。国・地域別では、インドやインドネシアの国債がアウトパフォームする一方、タイの国債は劣後した。また、大半のアジア通貨は対米ドルで下落した。
- アジアでは、インドネシアの中央銀行が市場の予想外に追加利下げを行った。各国のインフレ動向はまちまちとなったものの、物価上昇圧力は概して抑制された状態が続いた。
- FRBの利下げを受けて、アジア地域の中央銀行が追加金融緩和を実施するとの見方が広がり、アジア現地通貨建て国債市場はポジティブな反応を示した。アジアの債券および為替市場については、ファンダメンタルズが引き続き良好であることから、ポジティブな見方を維持している。
- 9月のアジア・クレジット市場は、スプレッドが約0.14%縮小したことなどを受けて、トータルリターンが1.05%となった。格付け別では、投資適格債の月間市場リターンは0.93%となり、月間市場リターンが1.85%となったハイイールド債をアンダーパフォームした。
- 信用ファンダメンタルズや良好な需給要因、FRBの追加利下げ観測を受けてスプレッドはタイトな状態が続くとみられるが、当社では貿易・地政学的リスクの再燃を警戒している。したがって、当面投資を維持しつつも、慎重かつ保守的な姿勢を強める方針だ。
アジア諸国の金利と通貨
市場環境
9月のアジア現地通貨建て国債市場は、利回りが低下した米国債市場とは乖離した動きをみせて、利回りが概ね上昇した。トータルリターンでみると、インドやインドネシアの国債がアウトパフォームする一方、タイの国債は劣後した。インドネシアの債券は、長年にわたり財務相を務めたスリ・ムリヤニ・インドラワティ氏の退任を受けて、財政規律が保たれなくなるとの懸念が高まるなか、月初に下落した。しかし、新たな財務相が財政赤字をGDP比3%以内に抑える方針を改めて確認するとともに、融資を拡大する措置を発表すると、市場心理は持ち直した。また、インドネシアの中央銀行による追加金融緩和も支援材料となった。アジア通貨の大半は対米ドルで下落したが、オンショア人民元とマレーシアリンギットはこの動きに反して上昇した。
インドネシアの中央銀行は金融緩和サイクルを継続、アジア諸国の8月の総合インフレ率は引き続き抑制的
インドネシアの中央銀行は緩和サイクルを継続し、7月と8月の連続利下げに続き政策金利を0.25%引き下げて4.75%とした。同中銀のペリー・ワルジヨ総裁は、通貨の安定性に焦点を当てながら、経済成長やインフレを注視してさらなる緩和余地を見極めていくとの姿勢を示した。また、同中銀は借入コストの低減、流動性の向上、信用拡大支援を目指して、流動性の供給拡大や緩和的なマクロプルーデンス措置を実施することも表明した。
一方、マレーシアの中央銀行は政策金利を2.75%に維持し、金融政策スタンスは「適切であり、景気を下支えする」と述べた。同中銀は、2025年のGDP成長率予想を4.0~4.8%に維持し、底堅い内需や投資が下支えとなり、モメンタムは2026年にかけて継続するとの見方を示した。
アジア地域の8月のインフレ動向はまちまちとなったものの、概して抑制された状態が続き、インフレ率はインドやマレーシア、フィリピンで小幅に加速する一方、韓国や中国、タイ、シンガポール、インドネシアで減速した。
中国の政策当局が追加刺激策を発表、フィッチがタイの格付け見通しを引き下げ
中国当局は減速する景気を下支えする措置を示し、スポーツ、娯楽、観光、ヘルスケアなどの分野におけるサービス消費の促進を通じて内需を押し上げる取り組みなどを発表した。また、政策当局は投資プロジェクトを加速させるべく5,000億人民元の資金を割り当てることも発表した。
その他、格付け機関フィッチ・レーティングスは、政治面の先行き不透明感が長期化し、経済成長見通しが鈍化するなかで財政リスクが高まっているとして、タイのソブリン債格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ」へと引き下げた。
チャート1:アジア現地通貨建て債券のリターン

信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成
(注) リターンはMarkit iBoxxアジア・ローカル・ボンド・インデックス(ALBI)およびその各国インデックスに基づく。各国インデックスの債券のリターンは現地通貨ベース、各国インデックスの通貨とALBIのリターンは米ドル・ベース。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。
今後の見通し
FRBが金融緩和を実施するなか、アジア現地通貨建て国債の見通しはポジティブ
労働市場のデータが2ヵ月連続で低調となるなか、FRBは0.25%の「予防的」な利下げを行った。最新のドットチャート(米連邦公開市場委員会の参加者らによる政策金利見通し)では、年内に0.50%の追加利下げが示唆されている。FRBの利下げを受けてアジア地域の中央銀行が追加金融緩和を実施するとの見方が強まり、アジア現地通貨建て国債市場は利下げにポジティブな反応を示した。米ドルは、国内要因によって海外投資家の資金が流出したインドネシアとインドを除き、アジア通貨に対して概ねレンジ内で推移した。ファンダメンタルズが堅固であることに加え、インドネシアでの抗議活動など国内の「ノイズ」も当局が政策の問題に対処してほぼ収束していることから、当社ではアジアの債券および為替市場に対して概してポジティブな見方を維持している。
アジアのクレジット市場
市場環境
アジア・クレジット市場のリターンは9月もプラスに
9月のアジア・クレジット市場は、スプレッドが約0.14%縮小したことなどを受けてトータルリターンが1.05%となった。格付け別では、投資適格債はスプレッドが約0.12%縮小して月間市場リターンが0.93%となり、スプレッドが約0.30%縮小して月間市場リターンが1.85%となったハイイールド債をアンダーパフォームした。
アジアの信用スプレッドは、米国債利回りが急落するなか9月の初めに拡大した。夏場を過ぎて供給が大幅に拡大したこともスプレッドの拡大圧力となったが、市場はこれを比較的よく吸収した。センチメントはその後改善し、投資家のあいだでFRBの9月会合での利下げがほぼ確実視されるなか、スプレッドは縮小した。中国では、8月の経済活動指標が市場予想を下回ったことを受けて、政策当局が今後数ヵ月のうちに政策支援を再び強化するとの見方が強まった。また、「(過度な競争を禁じる)反内巻」運動のもとで進められている生産能力削減のペースもより緩やかになると見込まれる。複数の都市で住宅市場のさらなる規制緩和が進んだことも含め、これらの動向を受けてアジアの信用スプレッドは縮小傾向を辿り、FRBが2024年12月以来となる利下げを実施すると、スプレッドの縮小が続いた。
こうしたなか、インドネシアを除く主要国のスプレッドは軒並み縮小した。月初は、抗議活動などを受けて内閣改造が実施されたインドネシアに注目が集まったが、新たな財務相が財政赤字をGDP比3%以内に抑えるルールを順守すると表明するとともに融資促進策を発表したことで、市場の懸念は幾分和らいだ。一方、フィッチ・レーティングスは、政治面の先行き不透明感が長期化し、経済成長見通しが鈍化するなかで財政リスクが高まっているとして、タイのソブリン債格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ」へと引き下げた。とは言え、これがタイのクレジットにもたらした影響は軽微なものにとどまった。
9月の発行市場は起債活動が活発化
当月は、投資適格債とハイイールド債の両分野で社債の起債活動が活発となった。投資適格債分野では、中国建設銀行のディール(2トランシェで総額15億米ドル)、韓国輸出入銀行のディール(2トランシェで総額15億米ドル)、Korea National Oil Corpのディール(3トランシェで総額13億米ドル)、SK Hynix Inc.のディール(2トランシェで総額12億米ドル)、FWD Group Holdings Ltd.のディール(2トランシェで総額11.5億米ドル)、韓国産業銀行のディール(総額10億米ドル)など、計27件(総額136.5億米ドル)の新規発行があった。また、ハイイールド債分野の新規発行は、GC Treasury Centre Co.のディール(2トランシェで総額11億米ドル)など9件(総額60.8億米ドル)となった。
9月の米国債は利回りが低下
当月の米国債利回りは、月の前半に低下したのち、後半に上昇に転じた。8月の雇用統計で非農業部門雇用者数が前月比2万2,000人増にとどまり、失業率が0.1%上昇して4.3%となるなど労働市場のさらなる低迷が確認されたことを受けて、利回りは月初に急落した。低調な指標を受けて経済成長見通しが不透明となるなか、FRBが9月の会合でより大幅な利下げを行うとの見方が広がった。月の半ばに、FRBは0.25%の利下げを実施し、最新のドットチャートでは年内に0.50%の追加利下げが示唆された。しかし、会合後の記者会見でジェローム・パウエル議長のハト派姿勢が後退すると米国債利回りは上昇に転じ、月末にかけて、国内の経済指標がより良好となったことやトランプ米大統領が新たな関税を発表したことを受けて、利回りは低下幅が一段と縮小した。9月末の利回り水準は2年物の指標銘柄で前月末比約0.01%低下の3.61%、10年物の指標銘柄で同0.08%低下の4.15%となった。
チャート2:過去1年のアジア・クレジット市場のパフォーマンス

信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成
(期間) 2024年9月末~2025年9月末
(注) JPモルガンアジア・クレジット・インデックス(JACI)(米ドル・ベース)を、2024年9月末を100として指数化。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。
今後の見通し
信用ファンダメンタルズや需給状況は追い風だが、バリュエーション面の魅力度は低下
貿易や関税に関連する不透明感はここ数週間で和らいでいるが、米国の実効関税率は依然として過去数年を大幅に上回っている。これに加えて、米国の経済成長やFRBの金融政策も見通しづらい状況にあることから、外需やアジア各国のマクロ経済のファンダメンタルズは当面ある程度の逆風に晒されるとみられる。インドネシアでは政治的リスクや財政政策の転換が見込まれるなど、一部の国における動向も注視していく必要がある。しかし、アジア諸国の大半はこうしたボラティリティ上昇局面を迎えたなかでも、外部環境、財政、内需が比較的良好な状況にあり、この先の逆風の影響を十分に吸収することができるだろう。
中国当局は、国内の消費や投資を後押しするとともに株式市場や不動産市場を安定化させるべく、包括的な財政政策やセクターに特化した政策の導入を続けている。さらに、アジア各国の中央銀行の大半には、現在も内需を下支えするための金融政策の緩和余地がある。厳しさが増すなかでも、引き続き良好なマクロ経済情勢を背景に、関税上の脅威や地政学的動向の影響を受ける可能性がある一部のセクターや個別のクレジットを除き、アジアの企業や銀行の信用ファンダメンタルズは底堅さを維持するとみている。
信用ファンダメンタルズや良好な需給要因が追い風になっているとともに、FRBの追加利下げ観測を受けてスプレッドはタイトな状態が続くとみられるが、当社では貿易・地政学的リスクの再燃を引き続き警戒している。したがって、当面投資を維持しつつも、慎重かつ保守的な姿勢を強める方針だ。