米国の成長見通しと株式市場に当面有利に働くも、財政拡大へのハードルの低さが 長期的にはリスクをもたらす

本稿は2024年11月7日発行の英語レポート「After Trump’s win, fiscal policy and inflation risks in focus」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。


米国大統領選挙において共和党候補のドナルド・トランプ前大統領が選挙人投票で決定的過半数を獲得した。また、共和党は上院の過半数議席も確保しており、本稿執筆時点では下院選挙の開票作業が続いている。市場はすでに反応してボラティリティが高まっており、株式市場では、法人税のさらなる引き下げ観測の高まりが好感されたほか、産業全般の規制緩和を好む傾向が企業収益にプラスに働くと受け止められている。一方、債券市場では選挙結果が嫌気され、利回りが上昇した。米国の連邦債務残高が対GDP比120%に迫る歴史的な高水準にあり、財政赤字がすでにGDP比6%を超えている状況下にあって、財政拡大に関して行政部と立法部が一枚岩になるとの見通しが強まったからだ。

短期的には、共和党が議会と行政部を支配する見通しであることから、議会が米国連邦債務上限の引き上げを承認する可能性は高まるかもしれない。最新の「グローバル投資委員会による中期展望:リスクはもはや低くない」で示した通り、当社は米国の経済成長、したがって株式市場に対して明るい見通しを維持している。しかし、長期的には、異なるシナリオが展開される可能性がある。これまで、議会はある程度交渉を行った上で債務上限を引き上げてきた傾向がある。そのため、債務上限は議会が米国財政の健全性をチェックする機会としての役割が大きい。議会が大統領の財政政策案に異議を唱えることに消極的な場合、そうした機会となる可能性は低くなる。したがって、財政拡大へのハードルが低くなる見通しであることや、輸入品への関税も一挙に引き上げられる可能性があることから、米国のインフレ加速に伴うテールリスクが高まると予想される。さらに、海外投資家が米国債に対してより高いプレミアムを要求するようになれば、債券市場が混乱状態に陥る可能性もある

米国が通商政策の強気姿勢を強めるとの観測から、ドル/円が上昇したことには注目している。ドル高円安は日本株の上昇に寄与してきたが、円キャリートレードを高頻度で行う投資家層は狭いことから、しばらくの間ボラティリティの高い展開となる可能性も大きくなっているとみている。さらに、日銀は金融引き締め路線を維持しており、植田和男日銀総裁は直近の記者会見において、円安は輸入物価を通じて消費者物価に影響を及ぼしており、インフレ要因としての影響が強まっていると指摘している。したがって、市場のボラティリティが落ち着いている限り、他の条件がすべて同じであれば円安は日銀の利上げ時期を前倒しさせる可能性がある。今のところはリスク選好意欲が旺盛な環境にあるが、テールリスクが高まっていることを考慮すれば、そうした確率の低いリスクをヘッジするために少なくとも資産の一部を円で保有しようとすることも理に適っているとみている。投資家のリスク選好意欲が高い局面ではそれほどでないかもしれないが、そうしたテールリスク(米国債市場のボラティリティが高まり混乱に陥るリスクなど)が顕在化した場合には日本の経常黒字が突然より魅力的にみえる可能性があるからだ。

最後に、トランプ氏とハリス氏の間の大統領選挙レースにおいては、両者の政策綱領とほぼ関係ないが重要な注目ポイントが1つある。それは、トランプ氏の場合は大統領を務められるのが2期ではなく1期になるということだ。大統領が2期制であることで、行政部と立法部の間の交渉(財政交渉を含め)は2期目により活発化するのが通例であり、大統領再選を目指すのであれば大幅な財政拡大を抑制しようとする動機がより強まる可能性がある。1期で終わりの場合はそれがないため、2期目の可能性がある場合よりも財政膨張に伴うテールリスクが大きくなる可能性があるかもしれない。そうなれば、米国の景気サイクルの延長といった短期的な好影響と、債券市場の混乱などの長期的なリスクによる悪影響との落差が広がる可能性がある。