本稿は2025年9月19日発行の英語レポート「FOMC: there are no risk-free paths」」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
FRBは予想通り利下げを実施
9月17日のFOMC(連邦公開市場委員会)会合前から、米FRB(連邦準備制度理事会)は政策金利の誘導目標を0.25%引き下げて4~4.25%にするとの見方がすでに広がっていた。今回の動きは事前にFF(フェデラル・ファンド)金利先物に完全に織り込み済みで、より大幅な利下げの可能性もわずかながら織り込まれていた。FRBは市場予想通りに利下げを実施し、新たにFOMC理事に任命されたスティーブン・ミラン氏(米大統領経済諮問委員会委員長を兼務)は0.50%利下げを支持して反対票を投じたが、これも広く予想されていた。FOMCメンバー間の意見対立が深まるとの市場の懸念は和らぐ結果となった。7月30日に開催された前々回のFOMC会合で早期の0.25%利下げを主張して反対票を投じたクリストファー・ボウマン理事とミシェル・ウォラー理事は、今回は大多数の理事と同様に賛成票を投じた。2026年にかけての一連の利下げを織り込み済みだった金利市場は、やや失望的な反応を示した。ただし、FF金利先物に織り込まれている当面の利下げ幅は、FOMC金融政策予測の中央値(2026年末で3.4%)を依然上回っている。
一方、FRBは引き続き米国債および政府系機関住宅ローン担保証券(MBS)の保有残高の削減を継続していく計画に変更はないことを示唆した。
ドットプロット:FOMCメンバーは景気と物価の安定を同等に重視するアプローチを支持
FRBの決定に対してあまり異論がなかった理由は、FOMCによる経済見通し(SEP)において2028年までのすべての年の経済成長率予測が上方修正されたことなどにある。FOMCの最新の予測によると、経済成長率が潜在成長力を下回る年は今年に限定され(長期的に持続可能と見込まれる成長率が1.8%であるのに対して2025年は1.6%と予測)、また、2026年と2027年の失業率予測も下方修正された。2026年のインフレ率予測は上方修正されており、ジェローム・パウエル議長が会合後の記者会見で述べたように、関税の影響が遅れて出てくることなどを反映している可能性がある。このような背景から、ミラン新理事がより積極的な金融緩和を望んだものの、それに反して他のFOMCメンバーたちは、景気と物価の安定をより同等に重視するアプローチを支持した可能性がある。
掲げる目標が相互補完的でない場合のバランスを取ったアプローチ
インフレや失業率をめぐるリスクについてFOMCメンバーの見解を指数化したDI(Diffusion Index)は高止まりしている。しかし、足元では家計消費が堅調に推移していることを示す指標に後押しされ、景気に対する確信を深めているように見受けられる。それでも、政策声明の中で「雇用の伸びが減速している」とともに失業率も「小幅に上昇」したとし、「雇用の下振れリスクが高まったと判断する」と指摘し、それが今回の利下げを正当化する根拠となった。同時に、インフレ率が「上昇し、やや高止まりしている」ことを認め、「雇用最大化」と「物価安定」というFRBの2つの目標の間での葛藤が浮き彫りとなっている。幸いにも、FRBは8月に公表した「長期目標と金融政策戦略に関する声明」で、まさにこのような状況に備えた対応策を示している。同声明によると、そうした状況では「バランスを取ったアプローチ」が求められ、FOMCは、両分野の指標がそれぞれの長期目標からどれだけ乖離しているかを比較検討し、長期目標への収斂に向けたそれぞれの道筋を分析評価した上で、政策決定を行う方針だ。
このように雇用指標と物価指標は相互補完的でないため、パウエル議長は記者会見の中で「リスクのない道はない」と発言した。そして、FRBの仕事は様々な景気シナリオを想定し、雇用市場の軟化の兆しに対して先手を打って対応しながら、目標を上回り続けているインフレについても引き続き警戒していくことであると強調した。
金利とインフレ期待の安定という長期目標は相互に連動
今回のFRBの動きに対する市場の落ち着いた反応は、中央銀行の独立性をめぐる懸念が今のところ収まったことを示唆している。しかし、パウエル議長の記者会見における記者たちの質問から判断すると、そうした懸念が完全に消え去ったわけではないことは明らかだった。記者からの質問のなかに、法律で定められているFRBの第3の目標である「長期金利の安定」についての質問があった。この点は、FRBが8月に公表した「長期目標と金融政策戦略に関する声明」でも繰り返し取り上げられている。パウエル議長は、この第3の目標は間接的に達成される目標であり、雇用の最大化と物価の安定というFRBの使命を達成することで、長期金利の安定は自然とついてくるはずだと回答した。この見解と一致して、FOMCの「長期目標と金融政策戦略に関する声明」では、長期的なインフレ期待が「十分に落ち着いた」水準で推移し続けることの重要性も強調されている。そうなれば、長期金利に内在するタームプレミアムが抑えられ、したがって長期金利を「適度な水準」に安定させる効果を発揮する可能性がある。
長期金利、そしてFRBと連邦政府の役割分担
雇用の最大化、物価の安定、長期金利の安定という法律で定められたFRBの3つの目標のうち、3つ目は「異質な存在」である。最初の2つの目標については、FRBが主要政策手段である短期金利によって直接影響を及ぼせる経済的要素であることは明らかだ。一方、第3の目標は金利の期間構造に関わるものであり、FRBはインフレ対策の実績から生まれる信頼性によって長期的なインフレ期待の安定化を促すという、間接的な方法でしか管理することができない。実際、ベン・バーナンキ前FRB議長が共著した論文では、新型コロナウイルスの世界的大流行期のインフレが長期的なインフレ期待(長期国債の期間プレミアムにも影響する)に持続的な影響を与えなかった理由として、中央銀行のインフレ目標の信頼性が挙げられている。
この指摘は直感的に理解できる。FRBが将来のインフレに影響を与えることができる手段は、米国のマネーサプライの管理に限られている。一方で、FRBは長期国債の総供給量を制御することができない。たとえ米国債を買い入れたとしても、政府はいつでも新規発行を拡大できるからだ。国家財政の持続可能性の見通しと米国債供給動向は、いずれも米国債に対する世界の需要に影響を与える要素だが、完全にFRBの管理可能範囲外にある。デフレ・シナリオであれば、名目政策金利の実質的な下限が低下するなか、債務が大きく積み上がる流れとなるが、それ以外のシナリオでは、FRBが米国債保有残高の削減を継続することは、その使命と完全に一致している。
しかし、連邦法で定められ、FRBが間接的に達成に取り組むこの第3の使命をめぐる議論が終息したとは考えにくい。長期金利の制御という大きな責務がFRBに過度に集中する場合(例えば、米財務省が財政規律を強化しない場合など)、特にインフレが加速する局面では、FRBの信頼性をめぐる債券投資家の懸念が再燃する可能性もある。
金利見通しの軌道:利下げ回数は市場予想よりも少なくなる見通し
FRBはデータ次第という姿勢を維持し、景気とインフレのどちらかにより注目するべきかを明確に示すデータを待っている。7月時点と比較すると、リスクはより均衡しているように見受けられる。以前はインフレ加速の方向に傾いていた。6月に開催した当社グローバル投資委員会(GIC)では、インフレ上振れリスクを背景に米国と世界の他の国々の間の成長格差が縮小していくなか、追加利下げ回数は限定的になるとの見通しを示した。9月はGICが開催されるが、成長鈍化とインフレ高止まりの両方のリスクが依然存在している。