本稿は2025年10月7日発行の英語レポート「Japan’s leadership race and confluence of global stock market optimism」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
歳出拡大と金融緩和の推進派が自民党総裁選を制す
与党・自民党は10月4日に高市早苗氏を新総裁に選出し、同氏は次期首相に就任する見通しとなった。拡張的な財政政策と金融緩和を支持する高市氏の勝利を受けて日本株は上昇した。同時に、変動金利と固定金利を交換する翌日物金利スワップ(OIS)市場では、日銀による当面の利上げ期待の織り込みが後退し始めた。為替市場では円安圧力が再燃し、円は対ユーロで史上最安値を更新した。投資家は、高市次期首相が「アベノミクス」を踏襲するとの見方を織り込んでいるようだ。一方、日本国債の長期物は売り圧力に晒されており、アベノミクス式の協調的な景気刺激策への期待が一方的に高まることに対する警鐘を鳴らしている。
財政政策が追い風となる可能性
財政面に目を向けると、自民党新総裁となり、今月下旬に少数与党を率いる新首相に就任する見通しの高市氏には、適度に緩和的な財政政策を支持する理由がある。野党は政策面で一致結束していないものの、物価高が家計に与える影響を和らげるために追加景気刺激策を求めている点では足並みが揃っている。よく挙げられる施策の1つが、所得税の非課税枠の引き上げだ。そうした景気刺激策が臨時かつ適度に実施されれば国内経済の下支えが期待される。一方、債券市場は財政規律緩和の兆候を歓迎しないだろう。近年は財政規律重視の流れにあり、それが債務残高税収比率の改善にも表れてきた。すでにイールドカーブの長期ゾーンを中心にタームプレミアムが上昇しており、財政政策が過度に拡張的とみられれば投資家の懸念が強まり、債券市場では売りが優勢になる可能性がある。こうした意味で、債券市場は過度な積極財政に対する抑制力として機能するかもしれない。
「アベノミクス」の初期とは状況が異なる
日銀にとって、誘導目標を上回って推移するインフレへの対処という課題は変わらない。日銀の前回会合でみられたように、一部の委員は政策金利据え置きという判断に反対し、インフレ期待を抑制するために利上げを支持した。世界的に中央銀行の独立性に対する監視の目が強まるなか、最終的に日銀はインフレ対策で「後手に回っていない」ことを示すように迫られる可能性がある。足元におけるイールドカーブのスティープ化は警告なのかもしれない。
現在の経済情勢や市場環境は、安倍晋三元首相が自民党総裁だった2012年とは大きく異なる。総選挙で圧勝し第二次安倍政権が発足した2012年12月当時の日本は、20年にわたってデフレとゼロ成長による経済停滞を経験し、期待インフレ率はマイナス圏だった。ドル円相場は100円を割り込み、失業率は4.2%と現在より1ポイント以上高い水準にあった。これに対し、現在の日本は深刻な労働力不足と目標を上回るインフレに直面している。つまり、名目賃金を上昇させて家計所得の拡大を維持する必要があるだけでなく、名目賃金の伸びが物価上昇ペースに追い付くことも求められ、これは物価の安定を図るという日銀の使命と直結している。高市氏のような経験豊富な政治家であれば、そうした当時と現在の重要な違いに注意を払うだろう。
また、日本株上昇の背景には、米国株式市場が引き続きAI(人工知能)設備投資ブームに沸いていることも挙げられる。こうした市場の熱狂は米国の労働市場悪化のシグナルを覆い隠してきた。好調な企業収益や、AI投資による経済波及効果の継続期待が米国株式市場のバリュエーションを押し上げている。そうした現在の状況とは対照的に、市場ではFRBが来年複数回の利下げを実施するという、大幅な景気減速を示唆する見方が織り込まれている。矛盾しているようだが、金利低下期待が足元の米国株式市場のバリュエーション水準を支えてきたように見受けられ、他の市場へも波及効果をもたらした可能性がある。だが、相反する見方がともにいつまでも共存することはあり得ない。こうした矛盾する状況はこれまで株価上昇に寄与してきたが、一旦調整局面入りする余地もあるだろう。
とは言え、日本、そして日本株の趨勢についてはポジティブな見方を維持している。当社では、引き続き日本市場に強い確信を持ちつつも、市場が短期的に上昇する局面では、株価がファンダメンタルズから乖離して上昇する場合があり、調整局面につながる可能性もあることから、慎重な姿勢を維持していく方針である。