本稿は2025年11月6日発行の英語レポート「When valuations appear unrealistic: seeking and focusing on mispriced beta」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

ハイパースケーラー(大規模なクラウドサービスを構築・運用する企業)の利益率は持続できないのではないかとの議論には、多くのエネルギーが費やされてきた。そうした懸念に対する典型的な反論は、「仮に持続できないとしても、非効率性の調整タイミングを計ろうとするのにはコストがかかり過ぎるし、したがって試みる価値はない」というものだ。結局のところ、プロの投資家でさえ、市場のミスプライシングが終わるタイミングを予測するのは困難と言える。

同時に、問うべき問題を間違えているという可能性もある。利益率の持続可能性が過度に注目されている一方で、低コストの自己資本の役割が過小評価されているのかもしれない。

市場が現在の高水準の利益率を、CFROI(キャッシュフロー投資利益率)の高止まりが続くとの前提に立って生産性の恒久的なレント(超過利潤)と見なしているとすれば、この前提は、「自己資本コストが恒久的に低水準にとどまる」という前提と合わせて考えた場合、特に問題となる。言い換えると、バリュエーションの押し上げ要因として、後者の前提の方が前者の前提よりも「中心的な役割」を担っているとすれば、バリュエーションはいずれ大幅な調整が必要となるかもしれない。

例えば、古典的なゴードン成長モデルを用いる場合、(分子である)利益成長率はバリュエーションにおいて重要な要素であることに間違いない。しかし、企業価値を評価するにあたって持続不可能な利益成長率が問題となるのは、その成長を維持するための長期コストを考慮する時だ。バリュエーションのうち(短期的な利益成長率ではなく)「ターミナルバリュー(継続価値)」に帰する割合も、(分母である)自己資本コストの前提に極めて大きく左右され得る。

非常に基本的なモデルでは、自己資本コストは以下のように分解することができる。

リスクフリー・レート + ベータ(市場感応度) × 株式のリスクプレミアム

この種のモデルは、基本的なものではあるものの、複数の変動要素が含まれている。株式のリスクプレミアムが変わらないとしても、リスクフリー・レートを過度に低く設定すると、現在のバリュエーションは、足元の高成長・高利益率期間からの利益ではなく、ターミナルバリューに帰する割合がかなり大きくなる。一方、コロナ後に(例えば、設備投資需要の高まりや長く実施された財政政策によって)「中立」実質金利の水準が上昇したとすれば、他の条件を同じとした場合、これはバリュエーションにとって逆風になると言える。

次にベータについてだが、ご存知のように、米国市場の時価総額の構成は大手テクノロジー企業の成長に伴い大きく変化している。大手テクノロジー銘柄のベータ値が相対的に低いのは、フリー・キャッシュフローが安定的で予測しやすく景気サイクルへの敏感度が低下していることによる副産物だとの議論がある。しかし、そのような主張を裏付ける証拠は不十分だ。実際のところ、過去10年においてはフリー・キャッシュフローの伸びが極めて好調であったものの、上述の仮説を検証できるほどの大きな下落相場サイクルは起きていない。コロナ・ショックは期間が短かっただけでなく、デジタル需要の急増という特徴が際立った。2022年から23年にかけて米FRB(連邦準備制度理事会)が利上げを実施した局面でさえ、信用スプレッドのタイトな状態が続いたため企業の資金調達金利は異常な低水準に保たれ、金融引き締めサイクルの影響を概ね受けなかった。

重要なのは、ベータが(時価総額が拡大して投資資金がそこに流れ続けるのに伴い)循環的に押し下げられているのか、それとも構造的な「ベータ崩壊」が起きているのか、ということだ。

考えてみてほしい。恒久的な利益成長率を4%と想定すると、長期の利益成長率が変わらない場合、自己資本コストの金利が10%から7%に下がれば、PER(株価収益率)は理論上簡単に倍増する。一方、利益成長率が1~2%上昇しても、バリュエーションへの影響は小さい。

企業が自己資本を完全に消却しない限り、全ビジネスサイクルを通じた自己資本コストはバリュエーションにとって極めて重要である。好景気サイクルがさらに長引き利益率も高水準を維持する可能性はあるが、自己資本コストが循環的に低い状態が永遠に続くことはない。

最も堅実なアプローチは、市場タイミングを計ろうとすることではなく、バリュエーションが(景気サイクルの影響を受けないという)非現実的な長期前提に大きく依存している領域の特定に注力することかもしれない。