本稿は2025年11月27日発行の英語レポート「Singapore equity outlook 2026」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

  • シンガポール株式市場はここ3年におけるトータル・リターンが米ドル・ベースで80%を超え、転換点を迎えている。
  • MASによる市場開発プログラムが中小型株のポテンシャルを引き出しつつある。
  • 市場流動性改善、バリュエーション上昇、新規上場の好循環により、大型株だけでなく市場全体が変貌しつつある。
  • シンガポール市場のセクター構成は進化しており、銀行やREIT以外にも、再生可能エネルギー、テクノロジー、物流、サステナビリティ特化型ビジネスなどが台頭している。
  • 2026年を迎えるなか、シンガポール株式市場は安定性、配当利回り、アセアン地域の次なる成長の波へのアクセスを合わせ持つ希少な投資機会をもたらしている。

はじめに:転換点を迎えているシンガポール市場

ここ3年のシンガポール株式市場は、気がつけば米ドル・ベースで80%超とS&P500種指数に匹敵するトータル・リターン達成しており、かつて同市場を単なるディフェンシブな投資先とみなしていた世界の多くの投資家を驚かせている。こうしたパフォーマンスは偶然ではなく、市場が転換期にあることを映し出している。従来からの強みを活かしながら、新しい成長エンジンが台頭してきているとともに、未来を変えていく大胆な政策も推進されている。2026年を迎えるなか、シンガポール株式市場は安定性、配当利回り、アセアン地域の次なる成長の波へのアクセスを合わせ持つ希少な投資機会をもたらしている。

根付いたディフェンシブ特性、新しい成長ドライバー

シンガポールは安定性の高さに定評がある。世界屈指の高い経済競争力を維持し、格付機関大手3社すべてから最高評価のAAA格付を得ている世界9ヵ国しかない国のうちの1つであり、また、政府は財政・金融政策の余力を十分に維持している。こうした基盤のおかげで、シンガポールは数々の世界的なショックを乗り切り、新型コロナウイルスの世界的大流行などの危機的局面でも景気を下支えすることができた。

しかし、そうしたストーリーは変化しつつある。現在、この進化を促す上で中心的な役割を果たしているのがMAS(シンガポール金融通貨庁)による株式市場開発プログラム(EQDP)であり、2026年以降のシンガポール市場の方向性を決定づける可能性のある構造的変化の兆しがみられている。

EQDPは流動性と成長性を大きく変えるゲームチェンジャーに


よくある平凡な政府施策にあらず

EQDPはよくある平凡な政府施策ではなく、構造的変革を促す触媒の役割も担っている。国内市場への投資資金として総額50億シンガポールドルが割り当てられており、うち11億シンガポールドル分はすでに資産運用会社3社に運用委託済みである。EQDPには以下の狙いがある。


  • 大型株以外の分野の市場流動性とバリュエーションを向上させること。
  • シンガポール証券取引所を再活性化させ、活発に資金調達活動が行われる場にすること。
  • MASによるシードマネーの投入をきっかけとして他の投資家の資金を呼び込むこと。

その焦点は、流動性や投資家の関心という面で長年後れを取ってきた中小型株セグメントにしっかりと当てられている。EQDPはすでにうねりを起こしており、ファンダメンタルズが良好な中小型株の一部は堅調なパフォーマンスを示している。シンガポール市場が目の当たりにしているのは、投資家からの関心の高まりから、バリュエーションの上昇、市場流動性の改善、上場銘柄の質の向上へとつながっていく好循環の初期段階である。中小型株は市場規模がブルーチップ(大型優良株)セグメントをはるかに上回り、バリュエーションが依然魅力的な水準にあることから、さらなる株価上昇余地が十分にあるように見受けられる。


生み出されつつある好循環

EQDPは長期にわたり持続的なインパクトをもたらすと期待される。機関投資家や他の投資家を呼び込むことで、よりダイナミックで、流動性が高く、多様性のある市場へと変貌していくための舞台が整いつつある。様々な資産運用会社がそれぞれ異なる投資スタイルや視点を小型株市場に持ち込むことで、投資機会が広がっていくとともに銘柄選択における創意工夫も促される。こうした市場セグメントへの資金流入が増えるにつれ、シンガポール株式市場は安定性、成長性、革新性においてアセアン地域をリードする存在になっていくだろう。

世界から吹き付ける横風にも対応

シンガポールの開放型経済は世界的な逆風の影響を免れない。米中対立とサプライチェーン再編の流れを受けて、アセアン地域の貿易をめぐる状況は大きく変化した。米国による新たな関税の発動は世界貿易を鈍化させ、シンガポールの輸出需要に影響を及ぼすとみられる一方、アセアン諸国はシンガポールも含め、サプライチェーン再編から総じてプラスの影響を受け続けている。アセアン諸国に対する関税率は中国、インド、メキシコなどに課された関税率よりも低く、また、シンガポールはアセアン地域内の貿易ハブであり、それが外的ショックを和らげるクッションの役割を果たすとみられる。


チャート1:シンガポールや他のアセアン諸国は米国の関税率が有利な水準

出所:BBC(2025年8月)

通貨および投資資金フロー

シンガポールドルの強さは同国の魅力の高さの証であり、市場力学によるものである。シンガポールドルは世界で9ヵ国しかないAAA格付国の通貨の1つで、米国の金利が低下しているなかでも、シンガポールドル建て資産には世界中から投資資金が集まり、現地の金利低下を後押ししている。シンガポールドル高は輸出業者にとって逆風となり得るが、シンガポール企業は為替リスク管理に長けており、総じて株価を下支えする効果を発揮している。

配当は信頼できるエンジン

シンガポール市場と言えば高配当で知られており、この点が大きな魅力となり続けている。過去3年間をみてみると、シンガポール株式市場のトータル・リターンの3分の1以上が再投資された配当金によるものとなっている。それに対し、S&P500種指数の場合はその割合がわずか10%である。金利低下局面において、こうしたインカム収入源はこれまで以上に貴重になっている。企業の財務基盤が強固で、配当性向も上昇傾向を辿っていることから、利益成長が鈍化したとしても企業は増配を継続することが可能だ。シンガポールの企業は事業再編や資産売却によって潜在価値を引き出し、それを配当や自社株買いを通じて株主に還元している。

銀行やREITだけではない:ニュー・シンガポールの台頭

銀行やREITは依然としてシンガポール市場で圧倒的な存在感を示しているが、真の成長をみせているのは中小型株であり、特に「ニュー・シンガポール」と称される再生可能エネルギー、データ、テクノロジー、物流などのセクターで顕著となっている。これらの企業はより急速に成長しているだけでなく、市場の変革も牽引している。シンガポールが推進するサステナビリティへの取り組みは、エネルギー・トランジション分野の機会を生み出しており、エンジニアリング大手Sembcorp Industriesなどの企業が石炭から再生可能エネルギーへの転換を進めているほか、水素エネルギー、再生可能エネルギーの輸入、さらには原子力エネルギーを検討する企業も出てきている。

テクノロジーやイノベーションの分野も勢いが増している。同分野の存在感はまだ小さいものの、シンガポールではデータセンター事業者、半導体製造装置メーカー、グローバルなニッチ市場にサービスを提供するライフサイエンス企業などが台頭してきている。eコマース大手Seaは米国市場に上場しているが、シンガポールに本社を構える企業であり、今やアセアン地域で最も価値のある企業の1つに数えられている。

まとめ:シンガポールは2026年に向けて好調な勢いを維持、新たな可能性を感じさせる

まもなく2026年を迎えるなか、シンガポール株式市場は好調な勢いを維持しており、新たな可能性を感じさせる。EQDPが中小型株のポテンシャルを引き出しつつあり、高水準の配当がリターンを高める強力なエンジンとなり続けている。株式市場のセクター構成比率もシンガポール経済全体と歩調を合わせて進化中だ。シンガポール株式市場は安定性、配当利回り、アセアン地域の次なる成長の波へのアクセスを合わせ持つ希少な投資機会をもたらしている。