本稿は2026年5月1日発行の英語レポート「Embracing China’s agentic AI era」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

中国のAI業界は新しい段階に突入しており、単なるチャット型AIから、自律的に多段階のタスクを実行可能な「エージェント型AI」への移行が急速に進んでいる。火付け役は人気爆発中のOpenClawだが、こうした流れは1つの製品の成功に脚光を当てるだけでなく、2026年を境に中国のAI実用化サイクルが加速していく見込みであることも示唆している。

はっきりと転換点を迎えたAIの普及

3月のある朝、シンガポールでは大勢のテクノロジー愛好家や初心者がテンセント・クラウド主催のイベントに殺到し、OpenClaw(オープンクロ―)と呼ばれる新しい人工知能(AI)エージェント・プラットフォームをインストールできることを待ちわびていた。イベント参加者の目的は「ロブスターを飼育する」ことだ。これはOpenClawのロゴがロブスターであることにちなんで親しみを込めて使われる表現で、タスクを自動化するためにOpenClawエージェントをトレーニングすることを指している。明確な指示に対して反応する従来のAIモデルとは異なり、エージェント型AIとは、人間による最小限の監督の下で、定められた目標を達成するために自ら計画を立て、推論を行い、多段階のタスクを実行できる自律型AIシステムを指す。

そうした「ロブスター飼育」の光景はシンガポールに限ったことではない。中国でも「ロブスター飼育」フィーバーが起こっている。その強い原動力となっているのは、乗り遅れることへの恐怖や、政府によるAI普及加速の推進である。中国政府がサイバーセキュリティ上の懸念を理由として公式に注意喚起し、即座に介入したことから、OpenClawの当初の熱狂は短命に終わったかもしれないが、この「ロブスター」狂騒曲は、より深い事実を浮き彫りにしている。中国はAI研究・能力を、拡張性かつ市場性のあるアプリケーションへと転換していく実力がますます高まっているという点だ。

中国のAI市場で起きている大きな変化を定量的に捉える上では、世界全体でのトークンの週間消費量を示した下の表1をみてみると参考になる。トークンとは大規模言語モデルにおけるデータの最小単位であり、中国では、莫大なデータを必要とするAIエージェントや多段階ワークフローの急速な普及拡大という構造的要因により、トークン消費量がより高水準に上っている。


表1:AIモデル別トークン週間消費量トップ10

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出所:OpenRouter, Jefferies(2026年4月時点)


アリババ・クラウドやバイドゥ・インテリジェント・クラウドといった中国のクラウドサービス大手が、1日あたりのトークン消費量の急増、AIモデルへの高い需要、AI向け半導体やメモリなどのハードウェアのサプライチェーン・コスト上昇を受けて、AIコンピューティングおよびストレージ・サービスの料金を引き上げたのも無理はない。

中国政府の政策がAI開発の追い風に

中国政府は科学技術とイノベーションを次なる経済成長段階の原動力と位置付けているが、その本気度を理解するためには、今年の政府活動報告で最も頻繁に登場した言葉が「人工知能」、「質の高い発展」、「科学技術のイノベーション」だったことを考えてみるとよいだろう。興味深い点として、今年の同報告では初めてAIエージェントについても取り上げられた。

さらに、2026年の政府活動報告では、「AIプラス戦略の推進・拡大」に国を挙げて取り組むという目標も明確に示された。そのために、AIアプリケーションの普及加速やオープンソースAIコミュニティの支援に重点が置かれている。「AIプラス戦略」とは、2024年に李強首相が初めて発表した施策で、中国経済のあらゆる分野でAIを活用し、生産性の向上と科学技術の自立自強を推進してくという目標などを掲げている。

こうした点を除けば、中国の第15次5ヵ年計画に大きなサプライズはほとんどなく、テクノロジー分野の覇権や自立自強の達成を目指すという中国共産党の戦略的目標の継続が強調された。こうした背景のもと、主要企業のあいだでは国の重点施策に沿って事業戦略を展開する動きが強まってきており、中国のテクノロジー・エコシステム全体にわたってAI分野における良好な構造的成長機会が顕在化しつつある。

米国とは異なるAIへのビジョン

現在、AI開発競争において米国に対抗できるのは中国だけだろう。では、中国の実力はどの程度なのだろうか。

設備投資動向をみれば、中国と米国のAI開発の進路が異なることが分かる。業界調査によると、米国の大手ハイパースケーラーによるAI関連の設備投資額は7,000億米ドルにも達すると見込まれている。したがって、米国は最先端のコンピューティングモデルや研究の深度における優位性を引き続き維持している。対照的に、中国は依然として高性能半導体へのアクセスが制限されていることから、商用化サイクルを短縮することに活路を見出している。こうしたなか、中国のAI大手は戦略的重点分野としてコンピューティング技術の効率性向上と自立自強の推進を強化している。また、ミニマックスや智譜AIといったAI開発企業によるIPOが成功を収めたほか、昆侖芯科技(クンルンシン)、長鑫存儲技術(CXMT)、長江存儲科技(YMTC)といったメモリ製造各社による株式上場も相次いだ。中国では、OpenAI(オープンAI)やAnthropic(アンソロピック)などに対抗する大規模言語モデルの構築を進める新興AI開発企業6社を「AIの虎」と呼んでおり、ミニマックスと智譜AIはその一角を占める存在だ。

AI分野における中国の進歩を最も良く示しているのは、モデル最適化、エネルギー効率、推論コスト、そして垂直統合における強みかもしれない。こうした優位性により、AIの機能を日常的なユースケースへと迅速に展開していくことが可能となった。例えば、旧正月の期間中、中国のテック大手各社はAIアプリの普及促進に向け、実質的に現金を配って新規ユーザーを獲得する大規模なマーケティングキャンペーンを展開した。アリババは、自社のAIプラットフォーム「千問(クウェン)」経由で食品、飲料、その他の商品を購入する場合に使用可能な25元のクーポンを提供した。また、別のテック大手バイトダンスは、テレビ中継されたイベントで抽選会を開催した。視聴者は同社のチャットボット・アプリ「豆包(ドウバオ)」経由で参加し、ロボット、ドローン、3Dプリンターなどの景品や、特に縁起の良い数字とされる8にあやかって最大8,888元の現金が入った「紅包」(祝日や特別な機会に配られるご祝儀)を獲得するチャンスを得られた。より最近では、テンセントが自社のメッセージングプラットフォーム「微信(ウィーチャット)」のエコシステムとOpenClawエージェントを統合し、同プラットフォーム上でAIにタスク実行を指示できるようにするツールをリリースした。AIエージェントを用いて商用サービスを変貌させることにより、ユーザー向け各種サービスを最大限に集約し、エンゲージメントを強化してユーザー定着率を高めることが可能になっている。

今後2~3年間において注目される点

今後数年間において、国産の大規模言語モデル(LLM)の開発が進展し続けるなか、中国のAI開発企業は米国勢との差をさらに縮めていくものと予想される。4月下旬に中国の新興AI開発企業DeepSeek(ディープシーク)は、待望の新モデル「V4」をリリースした。この最新モデルは、2025年に推論モデル「R1」が公開された時と同じような市場の反響を呼ぶ可能性は低いものの、当初の反応が示すように前バージョンのV3.2に比べて性能が大幅に向上している。また、テンセントがリリースを予定している新バージョン「Hy3」では、複雑な推論やコーディングの機能が著しい進化を遂げるとみられている。テンセントはエージェント機能とコーディングの統合に注力していき、最終的にはHy3を活用してゲーム制作サイクルの効率化を進めていくと予想される。


チャート1:知能段階別の推論コスト

チャート1

出所:Artificial Analysis. https://artificialanalysis.ai/models/gpt-5-4#pricing(2026年4月時点)


同時に、推論コストは引き続き低下傾向を辿るともみている。AI推論(学習済みモデルにデータを投入してアウトプットを生成するプロセス)は、AIインフラの重要な収益創出源である。現在、中国のAI開発企業はコスト面で優位性を維持しており、その推論コストは米国勢と比べて大幅に低い。やがて、推論コストの低下を受けて採算性のあるAIアプリケーションやサービスの範囲が拡大し、AIソリューションの迅速な展開が促進され、最終的には企業の収益性が向上していくと期待される。


チャート2:中国および世界のLLMにおける対応モダリティの比較

チャート2

出所:Artificial Analysis. https://artificialanalysis.ai/models/gpt-5-4#pricing(2026年4月時点)


また、複数のモダリティに対応するマルチモーダル機能は、追加機能や差別化ポイントというよりも、「中核機能」として位置づけられるようになりつつある。AI開発企業は、テキスト、画像、動画、音声の機能を組み合わせたマルチモーダル機能を備えたモデルを次々とリリースしている。AI生成動画分野だと快手(クアイショウ)の「Kling AI」やバイトダンスの「Seedance(シーダンス)」などがその例で、脚本として入力したプロンプトをリアルな映画シーンに変換する機能がユーザーの間で大きな反響を呼んでいる。スマートフォンの画面をスクロールしているとき、気づかないかもしれないが、画面に映る映画並みのクオリティの動画が中国製AIで生成された動画であっても不思議ではない。

実利主義は中国人のDNAの核を成していると言われることもあるが、それが中国のAIエコシステムにも映し出されている。現在、中国企業は収益化に一層注力しており、広告ワークフロー、ゲーム制作、顧客エンゲージメント・ツールをはじめとする幅広い分野において、既存ビジネスモデルにエージェント機能を組み込む動きを一段と積極化している。

AI分野の設備投資とR&D投資の拡大余地

米国企業の設備投資や研究開発(R&D)支出は、最も意欲的な中国のハイテク企業でも太刀打ちできない水準に上る。一方、中国のAI設備投資見通しやR&D集約度には上振れの余地があるとの見方を維持している。各社は複数年にわたる相当大規模なAI投資計画を打ち出しているが、それが上方修正される可能性があることを示唆する経営陣の発言が相次いでいる。例えばアリババは、クラウドコンピューティング能力とAIインフラを強化するべく、計画していた3年間で総額3,800億元を上回る投資を行う可能性を示唆している。テンセントやバイドゥもAI関連の設備投資へのコミットメントを引き続き示している。また、国内のAI半導体メーカーによるIPOの動きを受けて、R&D能力が強化され、性能面の差が引き続き縮まっていくことや、国内の半導体生産能力が拡大されることが期待される。今年初めにトランプ政権が(もちろん一定の条件付きではあるものの)中国向け販売を容認したエヌビディア製AI半導体「H200」など、海外から輸入される高性能半導体を入手しやすくなっていることも、中国のAIニーズをさらに後押ししている。


表2:中国のインターネット大手と新興AI開発企業の比較

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出所:信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成(2026年4月時点)


ビジネスモデルという点では、好機が訪れていると考えており、新興AI企業に注目している。既存のインターネット大手企業は引き続き国内の消費者市場を優先し、AIチャットボット・アプリを開発しているほか、広告トラフィックを最適化するためにそれぞれのスーパーアプリにAIチャットボットを導入している。一方、新興のAI企業は異なる道を歩んでおり、モデル性能の向上やコスト面での優位性を活かし、企業向けサービスや海外市場により重点を置いている。やがてAIの普及が進んで消費者向けアプリ以外へも拡大していくにつれてこのビジネスモデルが奏功し、より拡張性があり、より多角的な収益源を獲得していくことができると期待される。


個別銘柄への言及は例示のみを目的としており、当該戦略で運用するポートフォリオでの保有継続を保証するものではなく、また売買を推奨するものでもありません。