コメ政策の転換とCPI

10月21日、高市政権が発足した。高市首相は財政政策や金融政策を積極的に活用し経済を押し上げる「高圧経済」を支持しているとされることから、新政権については打ち出す経済政策の規模や日銀との関係に注目が集まりがちだが、コメ政策も転換しており、注目に値する。

コメ価格は日本のCPIを見る上で重要と言える。コメそのものがCPI(消費者物価指数)に占めるウェイトは0.6%程度だが、コメが使われる弁当や冷凍ご飯、定食等の外食などを含めると、CPIに占めるウェイトは3.5%程度まで拡大すると推計される。また、コメを直接使わない加工食品の価格への影響を指摘する声もある。帝国データバンクによれば、2025年に値上げされた品目数は2万品を超えており、平均値上げ率は15%となっている。値上げの要因として最も大きいものが原材料費の上昇であり、コメ価格の上昇に便乗した値上げも多かったと考えられる。コメは日本人の主食であるため、コメ価格の高騰は日本の消費者のインフレ期待に作用し、基調物価に影響を与える可能性もある。11月下旬には、日銀の小枝審議委員からも、コメ価格の高騰が消費者のインフレ予想を押し上げることで他の価格設定行動に影響し得るとの発言があった。

首相交代のもたらした変化の1つが、コメ政策である。前の石破政権はコメ価格を下げることを宣言し、備蓄米の放出を実施するとともに、長年の減反政策から転換してコメの増産を目指していた。しかし、新政権では農林水産省出身の鈴木氏が農相に就任し、10月22日の就任記者会見でコメ価格に「コミットしない」と宣言した。その後、同農相は「需要に応じた生産が原理原則だ」と発言し、2026年度の主食用米の生産量を前年から減らす考えを示して従来の減反政策に回帰した。さらに、コメ価格の高騰に対する消費者支援策として、「おこめ券」の配布を提案している。このようにコメの生産を減らす一方でおこめ券でコメの需要を下支えする政策は、コメ価格高止まりのリスクを高めると考えられる。

これまでエコノミストたちは、石破政権の政策もあり、コメ価格が緩やかに下落するというシナリオを描いてきた。たしかに、日本のCPIのコメ項目は、2025年6月をピークに7月、8月にかけて低下してきた。しかし、価格が相対的に高い新米が出回る9月以降は再び上昇し、10月には前月比5%の上昇となった。足元のコメ価格上昇は新米の影響を受けていると考えられることから、このような大幅上昇が続くとは考えづらいが、新政権のコメ政策の下で平均的に前月比2%程度の上昇が続くことは十分考えられ(チャート1参照)、コメ価格の見通しとしては、横ばいから前月比2%上昇程度のレンジで見ておくことが妥当と考える。従来は、エコノミストの多くが、コメ価格が緩やかに下落していく前提で生鮮食品を除くコアCPI上昇率が前年比2%割れの水準まで鈍化すると予想してきた。しかしながら、コメ価格が横ばいから上昇の基調を辿るとなれば、CPIは市場予想対比で上振れする可能性が高まる。


チャート1:CPIのコメ項目の水準

チャート1

出所:信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成

経済対策とCPI

高市政権の経済政策もCPIの上振れ要因となり得る。11月21日に発表された経済対策は21.3兆円(一般会計17.7兆円、減税2.7兆円)に上る。内訳をみると、生活・物価高対策が11.7兆円と大半を占め、ほかに防衛力強化が1.7兆円、危機管理投資が7.2兆円となっており、全体で2026年度のGDPを0.5%程度押し上げるとの分析がある。生活・物価高対策に含まれている冬場の電気・ガス代補助金は、2026年春先にかけてCPIの押し下げ要因となる。ただし、電気・ガス代補助金は冬場限定であるため、春先にはCPIの低下が一部巻き戻されることが予想される。一方で、同じ生活・物価高対策には、地方自治体への交付金や子育て世帯への給付など、需要を押し上げるメニューも入っている。危機管理投資には、AI(人工知能)・半導体・造船分野の強化や国土強靭化に向けた設備投資への支援などが含まれる。

日本の需給ギャップについて、日銀の試算ではゼロ%近傍となっている(チャート2参照)。一方、日銀短観の加重平均DI(雇用と生産設備)は大幅なプラスとなっており、実体経済の供給制約は、人手不足などを背景に、需給ギャップが示すより厳しい状況にあることを示唆している。供給制約が厳しいなかで景気刺激策を実施すれば、インフレの上振れリスクを高めることになると考えられる。


チャート2:需給ギャップ

チャート2

出所:日本銀行

注1) 需給ギャップは、日本銀行スタッフによる推計値。
注2) 短観加重平均DI(全産業全規模)は、生産・営業用設備判断DIと雇用人員判断DIを資本・労働分配率で加重平均して算出。2003年12月調査には、調査の枠組み見直しによる不連続が生じている。
注3) シャドー部分は景気後退局面

利上げ到達点

現在市場が織り込んでいる日銀の利上げの到達点(ターミナルレート)をOIS2年先1年フォワード金利で確認すると、1.5%程度まで上昇してきている。日銀は名目中立金利を1~2.5%程度のレンジとして試算してきたが、中立金利の特定は難しいとも表明しており、実際の政策運営においては、市場と経済への影響を注視しつつ、均衡水準を探りながら利上げを進めていくと思われる。前述のようにCPIに複合的な上振れリスクがあるなかで、日銀のターミナルレートは現在の市場想定から上振れする可能性がある。

5年物金利とOIS2年先1年フォワード金利の推移を見ると、両者の連動性が高いことがわかる(チャート3参照)。したがって、市場のターミナルレート予想が上昇するにしたがって、中期ゾーンの金利も上昇する可能性がある。また、10年物金利も概ね5年物と並行して推移してきており、長期ゾーンの金利もターミナルレート予想の上昇に伴って上昇する可能性がある。


チャート3:OIS2年先1年フォワード金利と国債5年物・10年物利回りの推移

チャート3

出所:信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成

財政の健全性

債務の健全性を見る上で重要な指標の一つである日本の政府総債務残高の対GDP比は、コロナ後のインフレによって税収が上振れた効果もあり、低下してきている(チャート4参照)。加えて、現在は10年物金利が名目GDP成長率よりも低い状態が維持されて(名目GDP成長率が名目実効金利を上回るという)「ドーマー条件」が成立しており、今後数年間は債務の対GDP比がコロナ直後のピークを越えて発散していく可能性が低い(チャート5参照)。

とはいえ、日本の債務の対GDP比は高い水準にあり、米国が同盟国にGDP比3.5%の防衛費を要求しているなか、防衛費の増額が今後の財政悪化要因としてくすぶる。また、金利が今後上昇するとみられることから、金利と経済成長率の差は縮小することが予想され、利払い負担の増加が財政の重石となるリスクが高まってくる。超長期金利やイールドカーブの推移をみると、日本の財政懸念はいったん後退したことを示唆しているが、中長期的なテーマとして注視していく必要はある。


チャート4:日本の政府総債務残高の対GDP比

チャート4

出所:内閣府や財務省など信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成


チャート5:国債10年物利回りと名目GDP成長率

チャート5

出所:内閣府など信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成

国債発行計画と超長期債の需給

2025年は日本の超長期金利の上昇が注目された。背景としては、生保(生命保険会社)による規制対応の買いが一服したことにより、超長期債に対する需要が減退したことが挙げられる(チャート6参照)。生保の代わりに超長期を買ったのが海外投資家だ。海外投資家の保有比率はまだ低いが、以前よりもボラティリティを高める要因として注目される。

需要減に対して、財務省は発行減で対応を進めている。財務省は2025年4月から段階的に超長期債の発行を減額してきた。まず、2025年度の当初案で、40年債(隔月発行)を月次0.2兆円、30年債(毎月発行)を月次0.1兆円減額した。6月には異例となる年の途中での発行計画変更を実施し、40年債を追加で月次0.1兆円、30年債を追加で月次0.1兆円、20年債(毎月発行)を月次0.2兆円減額した。9月には、流動性供給入札において超長期債の入札(隔月)を月次0.1兆円減額した。

11月下旬のPD会合(国債市場特別参加者会合)後に発表された議事要旨では、「超長期ゾーンにおいて減額を行うことが適当との意見が多く聞かれた」との記載や、「国債発行計画を半年に一度見直すという点については、是非行ってほしい、という前向きな意見が聞かれた」との記載が見られることから、今後も財務省は需要動向をみながら柔軟に発行計画を変更する可能性があり、超長期債の発行が追加的に減額される可能性がある。このように、財務省は超長期債の発行減額を着々と実施しており、2026年の同ゾーンの需給バランスは2025年対比で改善するものと見込まれる。


チャート6:超長期債の純購入額(累積)

チャート6

出所:日本証券業界協会

総括と市場見通し

高市政権のコメ政策転換によってコメ価格は高止まりする可能性が浮上しており、コメ価格が消費者のインフレ期待やその他の価格設定に与える影響等も考慮すれば、CPIは市場予想対比で上振れする可能性が高まる。日本経済は人手不足など供給制約が厳しい状況にあり、高市政権が主導する経済政策によって需要が押し上げられれば、インフレ上振れのリスクはさらに増す。日銀は実体経済への影響を注視しながら利上げを継続していくとみられ、上述のようなインフレ上振れリスクがあるなか、市場が織り込む利上げのターミナルレートは上方にシフトしやすい。日本の財政は、現状ではドーマー条件が成立しており、今後数年間は政府総債務残高の対GDP比がコロナ直後のピークを越えて発散していく可能性が低い。財務省は超長期債の発行減額を着々と実施しており、2026年の同ゾーンの需給は2025年対比で改善するものと見込まれる。

以上を踏まえると、日本国債の中長期ゾーンでは、予想ターミナルレートが上昇していく可能性、そして発行増額や日銀の量的引き締めに伴う需給の緩みなどから、金利上昇が続く可能性が高いとみる。超長期ゾーンは、財務省の施策によって同ゾーンの需給の改善が期待されることから、長期的には中長期ゾーン対比でアウトパフォームする余地がある。ただし、財政懸念はすでに一定程度市場に織り込まれたようにも見える一方、当面は高市政権下での防衛費増額を含め財政拡張への懸念が残ることから、超長期ゾーンの積極的な買いは見送られやすいという側面があることに留意する必要があるだろう。