本稿は2025年11月27日発行の英語レポート「The risks and rewards of Japan’s upcoming supplementary budget」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

概観

21.3兆円の経済対策(17.7兆円の補正歳出)を閣議決定

日本の高市内閣は11月21日、コロナ以降で最大規模となる総額21.3兆円の経済対策を閣議決定した。このうち17.7兆円は一般会計歳出で賄われ、2.7兆円は減税に充てられる。一般会計歳出分は2024年度の13.9兆円から明らかに拡大しており、また市場予想レンジの14兆~17兆円を上回っている。

主な歳出項目は以下の通りとなっている。


  • 物価対策 11.7兆円(電気・ガス料金補助、子供当たり一時給付金、重点支援地方交付金2兆円を含む)
  • 防衛力・外交力の強化 1.7兆円
  • 危機管理投資 7.2兆円
  • 自然災害や非常時への予備費 7,000億円

減税分には、ガソリンの旧暫定税率の廃止または凍結(約1兆円)と所得税の基礎控除額の引き上げ(1.2兆円)が含まれる。

財政健全化よりも景気を重視することのリターンとリスク


景気支援を重視:減税と家計への給付が中心

過去3年間にわたってコアインフレが日銀の目標である2%を上回り続け、家計が生活費上昇の影響に喘ぐなか、補正予算の大部分は家計向けの様々な支援策に充てられている。これらの措置は(消費などを通じて)経済に還元され、GDPの成長に寄与すると期待される。とはいえ、日本の限界消費性向が比較的低いことを考えると、資金の一部は貯蓄の積み上げに回される可能性が高い。したがって、景気刺激策は回復途上にある日本経済がプラス成長を維持する手助けとはなるものの、財政乗数(政府の経済活動の増減がGDPの増減に与える影響の度合い)の高い効果をもたらすとは考えにくい。一方、「外交力・防衛力の強化」は割り当てが相対的に小さく、当面のGDPを押し上げるのに一定の効果はあるとみられるものの、経済成長を持続的に支えていけるかどうかについては疑問が残る。


主要な財政規律の放棄:単年度でのプライマリーバランス目標

高市政権は新たな補正予算案で、「責任ある財政」を測定できる透明性の高い指標の1つである単年度のプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標(従来は達成時期を2025年度に設定)について、取り下げを提案している。日本は長年にわたってプライマリーバランスの赤字が続き、デフレの「失われた数十年」によって状況が悪化した。しかし近年では、名目経済成長率がプラスに転じたことで、インフレを伴う成長の恩恵を享受し順調に公的債務負担を削減できている。このような改善の背景にあったメカニズムが、国債費(利払いなど)を除いた歳出と税収・税外収入との差額であるプライマリーバランスだ。政府は、この目標を「純債務の対GDP比をコロナ前の水準に向かって安定的に引き下げる」という(運用上の説明責任が相対的に小さくなる)指標に置き換えようとしているが、これは財政の持続可能性を示すにあたって税収の持続的増加に依存することになり、その達成には主に国内の所得および支出の伸びが必要となる。


日銀が政治的圧力に晒されるリスク

元日銀審議委員で現在は高市首相が新設した日本成長戦略会議のメンバーを務める片岡剛士氏は、20兆円超の経済対策に対する国民の期待をコントロールするのに重要な役割を果たした。さらに同氏は、日銀の利上げが「早ければ3月にも」実施される可能性を示唆したが、そのタイミングは「積極財政によって内需が拡大するかどうか」次第と含みを持たせた。一部の市場参加者はこれを、日銀が利上げに動くには積極財政の効果が需要に表れている必要があるという意味に解釈したかもしれない。

日銀がこの誘導に同調するかどうかは依然不透明だ。財政拡張と金融政策のタイミングに何らかの関連性があると見なされ、日銀が政治的圧力に屈して利上げの遅らせていると受け取られれば、同中銀の独立性への懸念が強まり(延いてはインフレとの闘いにおける信頼性が損なわれ)かねない。


高市首相の矛盾した財政目標

高市首相は「責任ある積極財政」を掲げているが、これが矛盾した方針であることは、最近の債券・為替市場の反応からもわかる。高市政権の拡張的政策は、以下のようなリスクをはらんでいる。


  • 日銀のインフレとの闘いにおける独立性が損なわれる
  • 最近向上していた財政規律が後退(年次のプライマリーバランス目標の放棄、補正予算の2024年度比での上振れ)し、長期国債のタームプレミアム(債券の残存期間の長さに伴う上乗せ利回り)の上昇する
  • 財政の持続可能性(債務比率の抑制)が、プラス成長により税収が歳出を上回ることに依存するようになる

市場の反応


株式市場は積極財政よりもハイパースケーラーを材料視

日本株は高市首相就任後、緩和的な財政政策への期待から上昇したが、現在はグローバル株式の動向、つまりAIデータセンターなどAIブームのサプライヤーをめぐる投資の大幅な増加をより材料視している模様だ。一部業種は日中外交の緊張化を受けて圧力に晒されているものの、そうした展開もテクノロジー関連投資の急拡大の陰に隠れている。一段の財政出動は現時点では株式市場にとって懸念材料となっていないが、将来景気が悪化し市場が活気を失った際に景気支援策の実施が難しくなる可能性がある。債券市場はそうした懸念を反映しているようだ。


日本国債は供給増懸念に反応

日本国債の40年物利回りは過去最高を更新した。10年物利回りも大幅に上昇したが、名目ベースでは(本稿執筆時点で1.8%前後と)日銀のインフレ目標2%を依然下回っている。11月の20年物国債の入札は、投資家の需要が比較的弱いことを反映した内容となり、応札倍率は過去12ヵ月の平均並みを維持したものの、「テール」(平均落札価格と最低落札価格の差)はやや拡大した。日本国債の長期ゾーンで従来アンカー投資家(中心となる大口の機関投資家)の役割を担ってきた生命保険会社は、ALM(資産・負債の総合管理)全般やヘッジといった面の考慮を反映し、2025年は超長期債の購入規模を概して縮小している。デュレーションが長めの債券の供給がさらに増加するとの予想から、超長期債の利回りは引き続き上昇圧力に晒されるとみられる。市場は発行額が一層増加するとみられる国債への投資家の需要を見極めようとしており、12月の10年物および30年物など、今後予定されている一連の国債入札には注目が集まるだろう。


財政ショックが日本国債の長期ゾーンの利回りに影響を与えている理由

日銀のイールドカーブ・コントロールが解除された現在、20~40年物国債利回りの上昇は、当面の政策金利予想の変化ではなく、タームプレミアムの上昇を反映している。この主因は予想される補正予算の規模であり、市場は供給増加と財政リスクを長期ゾーンで織り込んでいる。こうした要因により、当面の政策金利予想が比較的安定を維持しているにもかかわらず、イールドカーブはスティープ化している。


円相場とインフレへの影響

市場は、財政拡張(およびそれに伴う国債発行額の増加)、そして2026年まで金利据え置くよう日銀に圧力がかかる可能性を、既に割安な円をさらに押し下げる材料と解釈した。このため、財政パッケージの上振れは、そのインフレ対策の目的に反し、円安が自動的にもたらす輸入インフレによって既存のインフレ圧力を増幅させる恐れがある。インフレ抑制は依然として中央銀行の管轄領域であり、政府がインフレとの闘いにおける日銀の独立した権限を本当に尊重するのかどうか、市場は疑問視し始めている。

補正予算の拡大:チャートで見る過去の歴史


  1. コロナ以降、補正予算は縮小傾向が続いてきた。一般会計の歳出総額(青の実線)と当初予算(青の破線)との差額は、概ね年間の特別会計の歳出を表している。この差はコロナ時に急拡大したが、その後は徐々に縮小してきた。今回の新たな経済対策は、2020年のような極端な乖離は生じさせないものの、純歳出をコロナ後の高水準へと戻すことになる。

  2. チャート1:日本の政府予算

    チャート1

    出所:財務省など信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成


  3. 政府債務の対税収比(財政の持続可能性を示す主要指標の1つ)はコロナ以降、低下傾向が続いてきた。この傾向は、日本が、米国とは対照的に、インフレを通じて債務負担を順調に減らしていることを示唆していた(ただし、米国は経済成長率がより高かった点には留意が必要)。

  4. チャート2:政府債務の対税収比(米国と日本の比較)

    チャート2

    出所:世界銀行、セントルイス連邦準備銀行など信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成


  5. インフレを通じて債務負担を減らしてきた日本は現在、プライマリーバランスにおけるかつての中期目標に近づいている。下のチャートが示す通り、昨年はプライマリーバランスの黒字化(Y軸の0兆円突破)まであと一歩のところに迫っていた。

  6. チャート3:日本の一般会計のプライマリーバランス

    チャート3

    出所:財務省など信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成


  7. 全体として、一般政府予算の国債依存度は2000年代初頭以来の水準まで低下してきた。これは好材料だが、持続できるかどうかは不透明である。税収は予想を上回る伸びを見せているものの、「財政規律」という曖昧な目標は国債発行額の抑制と同義ではない。このことは、市場が新しい財政体制を財政規律の希薄化と捉える一因となっている。

  8. チャート4:日本の政府予算における国債への依存度

    チャート4

    出所:財務省など信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成