ここがポイント!
- 世界の資本主義と民主主義の持続性に期待
- 生産性改善はデフレ的ではない
- AI・半導体関連産業に続く期待と懸念
世界の資本主義と民主主義の持続性に期待
経済の二極化が多くの国において進んでいるとみられる。これは通常、資本主義の危機要因と捉えられている。2025年11月15日付日本経済新聞のスティグリッツ教授(早くからグローバル資本主義に異議を唱えてきた米コロンビア大教授)のインタビューでは、かつて共存すると考えられていた資本主義と民主主義について「今は資本主義が分断や利己主義を助長し、民主主義と対立している」と指摘している。富の集中が進むことと、ニューヨーク市長に家賃凍結や富裕層増税を唱える急進的左派のマムダニ氏が選ばれたことは、米国民の不安を反映しているとの見方も示された。また、「より平等な政策がより良い経済をもたらす証拠はある」とも述べている。
スティグリッツ氏が批判するトランプ大統領は、問題の所在を主に民主党政権にあるとする傾向がある。他者への非難やナショナリズム、反移民という要因が、間違った政策につながる恐れはある。また、大統領の権威を高めて議論を抑え込み、民主主義を危機にさらすとの批判もできるだろう。これは、中国の一党独裁などと同様の「権威主義」とポピュリズム的手法であるとの指摘もある。
しかし、中間層重視という新しい世界的な政治動向が、これまでの政府の役割や位置づけを変えつつあることこそ、より重要である。中間層重視は、トランプ政権の選挙対策や日本を含む主要国の政治動向にもみられる。さらに、中間層重視という政策目標は、二極化対策となるほか、民主主義の機能回復につながる可能性も秘めている。
これまで政府の経済政策は、主に経済のイノベーションを推進するための規制緩和に重点が置かれ、建設プロジェクトなどによる需要創出は行われなくなっていた。70年代のインフレなどへの反省から、選挙で選ばれる議会や政府がケインズ政策を拡大解釈し、票を獲得するために経済プロジェクトで「有効需要」を創出したことが否定され、景気循環への対応は中央銀行の金利政策に委ねられた。そして、政府はサプライサイドを重視し、経済構造の効率化のために、例えば税制を検討することが主要な役割となった。これにより、成長企業への補助や、強い企業をさらに強化しやすい研究開発減税などが主要な財政政策となったのである。
このプロセスにおいて見落とされたのが中間層である。米国では、効率重視を追求したことで、生産拠点が国内から中国など海外へ移転したため、働く場を奪われた中間層を失望させた。第二次トランプ政権の誕生は、この層の票数が予想以上に多かったことを意味している。
さまざまな派生的な問題を棚上げしていえば、現在の政治的課題は、「民主主義か権威主義か」の選択ではなく、「経済効率と企業主体の政策か、消費者目線の政策か」という選択に移りつつある。多数派である中間層が自らの正義や利得を獲得するために、どのような方法を選ぶかという観点からは、急進左派である場合もあれば、反移民などナショナリズム的方法を好む人もいる。トランプ氏とマムダニ氏の人気は、この点で両立しうる。方法は違うが、目的が中間層や消費者の目の前の問題を解決して欲しいという願いであることは共通している。突き詰めれば、消費者は左翼か右翼か、権威主義か民主主義かではなく、これまで政治が解決できなかった問題の解決を望んでいる。
日本でも、中間層や消費者の視線が重要になってきた。石破政権が主要な選挙の結果で振るわず、高市政権に代わらざるを得なかったのは、この点を見いだせなかったからだろう。野党で参政党や国民民主党といった主義の異なる政党の議席が大幅に伸びたことから分かるように、方法論(主義)では二極化していても、目的は消費税率引き下げや控除枠拡大(減税)による手取り増など、納税する中間層の不満の蓄積の解消が共通する政策対象になっている。このような政党の主張は、与党が過半数を確保できなかったことで通りやすくなっている。言い換えると、選挙を通じて、民主主義的なパワーは増したと考えることができる。
英国の改革党や緑の党の台頭は、これと同様の位置づけで捉えることができる。つまり、二大政党制から多党制への移行というよりも、消費者目線での解決策の提示が重視されるようになったという政治情勢に注目すべきだ。米国でも、トランプ政権は今後、関税率引き上げによって落ち込んだ消費者心理を盛り上げる中間層対応の政策を、(関税収入や日本・韓国などからの資金を利用して)導入し、中間選挙に臨もうとする可能性が高い。
今後、世界的に民主主義が適切に機能し、中間層浮揚が実現すれば、経済の二極化も改善に向かうことが期待される。米国の一方的な貿易赤字が改善され、製造業を通じて中間層の安心感が高まれば、資本主義の危機の一部も緩和されるだろう。それゆえ、民主主義と資本主義の維持可能性は高まるとも考えられる。この考え方は、方法の二極化という新たな課題を生み出す点でやや楽観的ではあるが、悲観しすぎないようにしておきたい。
生産性改善はデフレ的ではない
AI(人工知能)の発展で仕事が奪われ、安価な商品があふれて失業やデフレが人々を苦しめ、新興国経済の発展が阻害されるという悲観的な見方がある。しかし、これは経済の一部だけを取り上げて議論することによる誤解だ。
デフレは生産過剰(需要過小)な状態で起こる。技術進歩で生産過剰となるケースも考えられるが、商品が売れなくなれば生産は停止されるため、一時的な状態に過ぎないといえる。中国で鉄鋼やアルミが過剰生産に陥った時期にデフレの輸出と言われたが、これは過剰生産の背景に地方政府間の競争など制度的な問題があったとみられ、その後に再発防止策が講じられている。また、安価な商品が流入すれば、消費者にとっては他の商品を買う余力が生まれる。特定商品の相対価格が下がっても、一般に物価が下がるわけではない。つまり、デフレにはならない。
すなわち、AIやロボットによって生産力が高まった結果、人手が余剰になること自体はデフレ的とはいえない。仮に人手だけが余剰になれば、消費者としての需要は残るはずで、民主主義が適切に機能すれば、ロボットで儲かった企業から税金が徴収され、消費者に分配されることが想定される。一方で、人々が失業し購買力が失われれば、ロボットによる生産は需給が均衡するまで減少し、価格も安定するだろう。あるいはその前にAIが需給を把握して生産量を調整するだろう。
結局、生産力が高まることでロボットオーナーの利益が増え、資本生産性が高まれば、そこから税金を徴収して消費者に分配する必要がある。また、人々がより創造的な仕事に就くことで労働者への分配が増え、労働生産性が高まれば、給料が増えて需要も拡大するだろう。いずれにせよ、AIやロボットによる暗い未来を予測するディストピア説は、人々の政治や分配の面で努力や工夫をしないことを前提としており、現実的とは考えにくい。
AI・半導体関連産業に続く期待と懸念
2025年のAI・半導体関連の株価上昇はバブルなのか、という質問が多い。株価が織り込む現実(生成AIなど既存事業の成長期待を含む)と夢(これから経済に貢献するであろう、意思決定を支援するAIエージェントや、ロボットなどが現実世界での行動を知覚・理解・実行するフィジカルAIといった新規事業)の割合は不明確だが、プロの投資家との会話などを通じて彼らが感触として持っていると判断されるのは、現時点では前者が大きく、後者が少ないと考えられる。関連企業では既存事業による多額の利益が計上され、赤字企業は少なく、バブル度は非常に低くみえる。
AIに関連する半導体、ソフトウエア、電力設備などのハードウエア、建設・不動産など、すでに利益を上げている分野については、既存の生成AIの成長だけを見ても、まだ成長が終わっていないように思われる。Chat GPTやCopilotなどは、実務で使われ始めたばかりだ。ユーザーに近いデータセンターも、さらに必要となるだろう。こうした既存事業の成長期待が確かなものであるという点で、株価の調整リスクはさほど大きくないと考えられる。
テック関連には、銘柄の集中リスク(懸念)がある。米国NASDAQ指数ではマグニフィセント7(巨大テック7銘柄)が、日経平均株価では3銘柄程度が、株価指数の上昇時に大きく貢献したとされている。指数の設計自体を問題視しないとしても、少数銘柄への集中は、ひとつの企業の経営者の問題や不適切開示、過剰投資への懸念などが、産業全体への不安に直結しやすい。一部企業の過剰投資への懸念が2024年前半や2025年11月に唐突に起こったように、投資家心理の変動による株価予想は難しい。
また、主要銘柄が入れ替わる時期には株価が調整しやすくなる。過去に複数の検索エンジンが登場し、淘汰されたように、AI関連の半導体設計や生産においても、競争の結果として主要企業が入れ替わることはありうる。その際、市場は不安に包まれることがある。誰が勝ち組か、半導体のバリューチェーンで比較的明確な状態であれば市場に良い心理を生み出すだろうし、健全な競争の結果、均衡が崩れた場合は不安心理が台頭するきっかけになることもあるだろう。ただし、現時点で急成長が突然終わってしまうリスクは高くないとみている。
