本稿は2025年12月11日発行の英語レポート「Fed’s December policy decision: turning point towards neutrality」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
FRBは政策金利をほぼ3年振りの低水準に引き下げ
12月のFOMC(連邦公開市場委員会)会合では、大方の予想通りFF(フェデラル・ファンド)金利の誘導目標を0.25%引き下げて3.50~3.75%とすることが決定された。これで今年3度目の利下げとなり、FF金利誘導目標はほぼ3年振りの低水準となった。米FRB(連邦準備制度理事会)の今回の動きは、長期的な緩和サイクルの始まりではなく、中立的な金利水準に戻すために前倒し的に進めてきた調整プロセスの最後の一手であるように見受けられる。
大きな注目を集めた利下げ以外にも、FRBは流動性環境について言及し、準備預金残高は以前の「潤沢」な水準から減少して足元では「十分」な水準にあるとした。この状態を維持するべく、特に例年4月半ばに起こる納税時期の影響による残高減少を見越し、FRBは準備預金残高を管理するために短期国債の買い入れを行う方針を示した。
FRB内の意見対立がより鮮明に
12月会合での投票結果をみると、10月時点に比べてFOMCメンバー内の意見がさらに割れたことが明らかとなった。9名が0.25%の利下げを支持するなか、3名は反対票を投じた。うち2名は現状維持を支持し(シュミット氏とグールズビー氏)、1名はより大幅な0.50%の利下げを主張した(ミラン氏)。これに対して10月時点では賛成10名、反対2名だった。また、今や金融政策が中立的な領域内にあるとみなされているなか、他のメンバーのあいだでも追加利下げへの抵抗が強まっている。足元のFF金利はFRBによる中立金利の推計幅内に収まっており、さらなる緩和に踏み切れば、それは金融政策の正常化策ではなく正真正銘の緩和策になるとみられる。そうしたなか、FOMC内の意見が一段と分かれていくことは自然と言える。中立金利水準の判断は一度決めれば終わりというものではなく、データに基づいて見直すという作業を繰り返していくものなのである。
成長見通しを大幅に修正
FRBによる経済見通し(SEP)には大幅な修正が加えられた。2026年の経済成長率予想は1.8%から2.3%へと上方修正された。これを受けて、今後の経済データが大きく悪化しない限り、追加緩和のハードルは上がっている。コアPCE(個人消費支出)上昇率予想は小幅に下方修正されたが、予想中央値は2028年になるまでFRBの2%目標には達しないとの見通しを示している。政策見通しの中央値に変化はなく、引き続き2026年は1回の追加利下げ、利上げはないとの見通しを示しており、限定的な緩和とデータ次第の姿勢を浮彫にしている。パウエル議長は9月会合時と同様に、政策運営において「リスクのない道はない」と改めて述べた。FRBは、依然として不確実性が高く、インフレおよび雇用情勢の両方のリスクを検討していなかければならないとの見方を引き続き強調している。
FRBは難しいトレードオフへの対応を迫られる状況が続く
FRBは引き続き、目標を上回り続けているインフレと軟化する労働市場の間での難しいトレードオフへの対応を迫られている。失業率は徐々に上昇しており、また、先般の政府機関閉鎖を受けた発表遅延によって公式統計が得られず、FRBはリアルタイムの状況把握が難しくなっている。そしたなかでも、FRBは雇用市場が徐々に冷え込みつつあり、雇用の下振れリスクが高まっている兆候を認めている。サービス物価のインフレは引き続き緩和しているものの、関税の影響を受けてモノ(財)の物価のインフレは高止まりしてきている。このように乖離した状況が、金融政策の適度に引き締め的な水準の判断を難しくしている。
市場および経済への影響
市場はFRB見通し以上の緩和を織り込む、ドル円相場の反応は限定的
市場に織り込まれている利下げ回数がFRBの見通しを上回っている点は注目に値する。SEPによると追加緩和は1回程度の見通しで、そして多くのメンバーが2026年4月から6月の間の実施を見込んでいる。FF金利先物は、2026年半ばの水準がドットチャート(FOMCメンバーの政策金利予想)中央値よりも大幅に低くなっており、雇用統計の悪化や2026年5月のFOMCメンバー交代による影響を見込んだ動きを示している。FRBの今回の政策決定に対するドル円相場の反応は緩やかだった。当社では、ドル円相場に影響する主なドライバーは日銀関連の動向だと考えている。また、為替市場ではFRBの決定が特にハト派的とは受け止められなかったようだ。
FRBが十分な準備預金を維持していくなか市場は流動性の変化により敏感に
この先、FRBが十分な準備預金残高を維持していくなか、市場は流動性環境の変化により敏感に反応するようになるとみられる。準備預金残高が需要曲線の傾斜が急になる水準近くにあることから、短期金利は4月の納税時期などにみられるような準備預金残高の大幅減少に対してより急激な反応を示しやすい状況にある。こうした動向を踏まえて、FRBは準備預金残高を安定させるために短期国債の買い入れを始めると発表した。
生産性向上に関する発言は当面のインフレ緩和を後押しするも、市場のミスプライシングを助長するリスクも
パウエル議長は最近の労働生産性向上(1時間あたりの生産性)に言及したが、これは全要素生産性(TFP)の構造的な改善というよりも、資本深化(労働者1人あたりが利用できる資本設備の増加)を反映している。もし投資家がそうした生産性向上を構造的なものと捉えてしまうと、高成長かつ低金利という矛盾を孕んだ状態を前提にしてしまう危険性がある。
今後の政策の道筋:成長、中立金利、物価動向
経済成長率予想の上方修正で追加緩和のハードルが上がる
FRBが2026年の経済成長率予想を1.8%から2.3%へと上方修正したことで、追加利下げの可能性は低下している。米国経済がこのより好調な見通しから大きく乖離しない限り、2026年に追加利下げ1回、利上げはなしというFRBの基本シナリオが維持されることになる。
誤解されやすい生産性と中立金利の関係
短期的な生産性向上はインフレを抑制する可能性があるが、TFPの持続的改善は中立金利(r*)を押し上げることになる。パウエル議長はこの点をはっきりと認めている。供給サイドに真の加速がみられると均衡実質金利は上昇することになり、構造的な金利低下とともに構造的な成長加速を前提とする足元の市場価格は下落することになるだろう。
最も確率の高い道筋:中立水準近辺でしばらく様子見、緩和と引き締めの両方向が選択肢に
仮にFRBが追加緩和に動くとした場合、労働市場の悪化を明確に示す証拠が必要となるだろう。反対に、現段階では可能性がかなり低いものの、関税の影響を受けてインフレが根強さを増す場合や、生産性向上が単位労働コストの安定化につながらない場合には金融引き締めに動くこともあり得るだろう。
