本稿は2026年2月4日発行の英語レポート「Japan’s bond volatility and the yen carry trade: implications for global funding conditions」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
日本国債の30年物および40年物の利回りが過去最高水準へと急上昇し、この影響が世界の債券・為替市場に波及したことで、日本は2026年のグローバル金融市場における最初の火種の1つとなった。利回り上昇の直接の引き金となったのは、高市首相が自党の政治基盤強化を目的として衆議院の解散総選挙を決定したことだ。同党は食料品への消費税率を時限的にゼロとすることなどを公約として打ち出したが、この財源を確保するために政府が国債の発行を増やすとの見込みから、財政への懸念が日本国債市場に打撃をもたらした。
今回の日本国債市場の調整は比較的流動性の低い20~40年物セクターに集中したため、値動きが実際のファンダメンタルズに比べて増幅された感があり、債券市場がシステミックな危機にあるとするのは不正確と言えるだろう。それでも、日本国債市場が財政の信頼性や政治面の調整力、市場の許容度に関して送ったシグナルは、日本だけでなく世界にとって依然重要である。
実際の変動要因と劇的な様相となった理由
日本国債で最も急激な値動きが見られたのは、20~40年物の超長期ゾーンだった。超長期債はイールドカーブのなかで国内の生命保険会社を主な投資家層とする流動性の低いゾーンであるため、入札が不調な時や保険会社からの買いが入りにくい時には特に、比較的少ない資金の動きでも過大な変動が生じやすい。これが1月19~20日頃の値動きがマクロ経済のファンダメンタルズに比べて大きすぎる様相となった理由であり、2022年に英国が経験した「トラス・ショック」との比較を招いて、多くのメディアで(不正確ながら)市場の「メルトダウン」と評されることになった。
考慮すべき点として、以下の2つが挙げられる。
- 第一に、今回の市場の動揺は超長期債に集中して起きた現象であり、日本国債からの全面的な資金逃避とみるべきではない。例えば、1月20日に4.2%超えの過去最高値へと上昇した40年物国債の単利利回りは、減税に関し与党内で意見が完全には一致していないとの報道を受けて、その後4.0%を下回る水準へと戻っている。これは、超長期債がニュースに敏感なだけで、システミックなストレスの結果として劇的な動きを見せたわけではないことを示している。
- 第二に、直接的な波及効果は限定的と言える。企業融資や住宅ローンは概して、30~40年物国債の利回りを金利設定の基準としていない。つまり、超長期債セクターの変動が経済全体に与える影響は限定的なものにとどまる。
とはいえ、超長期国債セクターからのシグナルは現実のものだった。日本が政局の変化に備えるなか、国債市場は、債券市場を機能不全に陥れることなく財政規律を実行できる有効なメカニズムとなり得る。この点が特に重要なのは、選挙後に減税と歳出拡大を組み合わせた拡張的財政が続き、財政リスクプレミアムが高止まりするとみられるからだ。与党である自民党は高市氏個人の人気に大きく依存しており、かつての連立パートナーであった公明党のサポートを失っているため、選挙をめぐる先行き不透明感は極めて強い。
日本は財政の限界点に近づいているのか
日本の政治情勢の分断を受けてテールリスクが高まっているが、市場の当面の焦点は、景気支援策と減税を公約とした政権が選挙後に安定的な財政計画を提示できるかどうかにある。市場は日本の債務返済能力を否定しているわけではない。同国の債務の対税収比率は近年著しく改善している。足元の市場が織り込んでいるのはむしろ、各政党が信頼に足る財政ストーリーを構築しようとしているなかで財政政策の調整が失敗するリスクだ。日本の名目上の経済状況は依然として同国の資金調達力を裏付けているが、財政規律は緩むリスクをはらんでいる。財政の信頼性は、選挙結果による明確な支持か、それが叶わない場合には債券市場からのより強力な反応を通じて、再構築されることになるだろう。
チャート1:日本の財政状況は税収のおかげで以前に比べて改善

出所:財務省の情報を元にアモーヴァ・アセットマネジメントが作成
選挙後にどのような政権が誕生するにせよ、その政権が留意すべきは、実質金利の上昇を抑制できなければ日本の資金調達環境は容易に悪化し得るということだ。チャート2が示す実質金利と実質GDP成長率の関係は、国の財政の持続可能性を決定づける根本的な要因である。
チャート2:日本の実質金利と実質GDP成長率の格差

出所:日銀および内閣府の情報を元にアモーヴァ・アセットマネジメントが作成
財政支配ではない - 日銀の独立性に変わりはない
日本が積極財政を強化する可能性を受けて、インフレが日銀の目標である2%を上回る見込みは当然ながら高まった。こうした背景から、日銀は政策対応が「手遅れ」になっていると評されてきた。しかし、この「遅れ」と受けとめられているものは財政支配ではない。中央銀行が政府の資金調達ニーズに応えるのであれば、借入コスト抑制のために債券利回りの大幅上昇を抑えようとするはずだ。ところが日銀は、超長期国債におけるボラティリティの高まりを許容した。さらに、インフレ・リスクが高まると判断すれば、金融引き締めを行う用意もある。中央銀行としての独立性は失われておらず、一時的にボラティリティを許容することと統制を失うこととは区別すべきだろう。
円キャリー・トレードとグローバル市場への影響
国債市場が示している財政への警鐘は為替市場に伝わり、1月には円が大きく売り込まれた。日銀が円安抑制のために金融引き締めを強化し得ることから、市場の関心はキャリー・トレードの流れが変わる可能性へと向けられた。調達コストの安い円は、世界のキャリー・トレードにおいて頼れる最後の源泉の1つとして、より利回りの高い資産へ投資する資金を低コストで調達できる機会を投資家に提供してきた。しかし、日銀が利上げの積極化を迫られる事態になれば、そのような低コストの資金調達基盤は縮小し始め、延いてはリスク資産市場に影響を及ぼすことになる。
同様に留意すべき点として、キャリー・トレードを特徴づけるのは金利格差だけではない。ボラティリティと資金調達環境も同じくらい重要だ。市場のボラティリティが高まったり資金調達が見通しにくくなったりすれば、キャリーの経済性は急速に変化し相対金利は為替動向の指標として信頼できなくなる。
さらに考慮すべき要素として挙げられるのが、一部の大手資産運用会社が指摘しているように、投資家がより高いリスクプレミアムを求めるのに伴いドルが軟化する可能性だ。資金調達通貨となってきた円は、対照的に、さらなるリスクプレミアムの余地がはるかに小さい。ドル安に、インフレ対策を積極化させる日銀の政策が加われば、キャリー・トレード解消の条件が整う。世界のリスク資産は円キャリーとボラティリティの低い資金調達コストの恩恵を受けてきており、キャリー・トレードの巻き戻しが急激に起これば、それが企業の資金調達コストの上昇を招く場合は特に、株式やクレジット、新興国債券といった市場にストレスが波及する恐れがある。現時点では、キャリー・トレードの解消が差し迫っているわけではない。とはいえ、一度動き出したら急速に雪だるま式拡大を見せる可能性のあるテールリスクとして、注視が必要である。
まとめ
超長期国債における最近のボラティリティの高まりは、債券市場のシステミックな危機を示唆するものではないが、市場が日本の財政の信頼性と政治情勢に対してより敏感になってきていることを浮き彫りにしている。各政党が積極財政を公約するなかで選挙の行方をめぐる不透明感が強まるのに伴い、投資家は政策規律が維持されるというより明確な保証を求めるかもしれない。日銀が政策の独立性を維持しつつ市場のボラティリティを許容していることから、特に世界的なリスク選好姿勢を支えている円キャリー・トレードにとっては、状況がさらに複雑化している。キャリー・トレードの急激な解消が差し迫っているわけではないものの、1月の事象を受けて日本の政治・財政動向はグローバル市場で注視すべき材料となっている。
