本稿は2026年3月13日発行の英語レポート「Iran conflict shock: risks may run deeper than markets assume」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

はじめに

イラン紛争の激化した際、金融市場は当初これを従来の石油価格ショックとして扱った。原油価格はその後ピークを打って下落したものの、海運や保険、物流をはじめとする実物市場はストレスの兆候を示しており、根底のショックが表向きの原油価格が示す以上に根強く複雑なものである可能性を示唆している。

日本にとっての主要なリスクは、単なる原油価格の上昇ではなく、輸入するエネルギーと物流のコストに起因する交易条件の悪化であり、これに円安と金融政策の柔軟性への制約が加わる。こうした圧力により日銀が政策においてより困難なトレードオフを迫られる可能性があることを、市場(特に為替市場)は過小評価しているかもしれない。

第1部:市場が依然としてリスクを過小評価している理由


市場の当初の反応:懐疑的ムードからよくある石油ショック論へ

2月28日に米国とイスラエルがイランへの攻撃を開始した際、実物市場(特に攻撃直後に上昇した原油)と金融市場の間には乖離が見られた。債券・株式市場も反応を示しはしたものの、当初は、レポート「イラン情勢の悪化に対して市場は懐疑的」で指摘したように、織り込んでいるのは限定的な紛争にすぎないように思われた。

紛争が激化するにつれ、金融市場は実物市場の長引く緊張により反応するようになった。ホルムズ海峡の船舶航行が脅かされると、市場ではついに典型的なエネルギーショック・シナリオが織り込まれた。世界の石油のおよそ2割がこの主要チョークポイント(代替ルートがほぼ存在しない海上輸送のボトルネック)を経由して輸送されていることから、原油価格は一時1バレル当たり120米ドル近くまで急騰し、投資家のあいだではインフレ加速や利下げの先延ばし、スタグフレーションといったリスクに対する警戒が広がっている。


原油価格だけではシグナルとして不十分な可能性

3月10日、ドナルド・トランプ米大統領が紛争は間もなく終結するとの見方を示したことを受けて、石油の供給は安定するかもしれないとの報道が流れ、原油価格は1バレル90米ドルへと急落した。市場は、原油価格を主要なシグナルとして捉え、最悪ケースのエネルギーショックが発生する可能性を過小評価しているように見受けられた。ニュース報道が原油価格を左右する状況が続く可能性があり、価格が市場センチメントの変化を示すこのパターンは、紛争が展開するにつれて繰り返されるかもしれない。

今のところ、チャート1~3が示すように、複数の指標が根底にあるストレスが完全には解消されていないことを示唆している。


チャート1:原油価格は最近付けたピークから下落も金価格は依然過去最高値近くで推移

チャート1

出所:信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成


チャート2:VIX指数はピークを打って反落しているものの依然バックワーデーション状態

チャート2

出所:信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成


チャート3:ボラティリティのボラティリティを示すVVIXも不透明感の高まりを反映して高止まり

チャート3

出所:信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成


市場が見落としている可能性があるのはショック波及経路の持続性

ボラティリティ・リスクがゼロには戻らない可能性

紛争が沈静化しても、インフレとボラティリティ・リスクが自動的にゼロに戻ることはないかもしれない。以下の3つの経路で圧力が高止まりする可能性があるからだ。


  1. エネルギーのリスクプレミアム:一時的な供給中断により知覚された供給リスクが恒久的に高まる可能性がある。エネルギーのリスクプレミアムは、物理的な供給が再開した後でも正常化がなかなか進まない傾向にある。
  2. 供給ショックとしての政策の変動性:米国の政策環境は極めて予測しづらい状況にあり、予期せぬ政策ショックをもたらし得る。以前指摘したように、政策をめぐる不透明感自体がある種の供給ショックとなり、それだけでインフレ要因となり得る。
  3. サプライチェーンの脆弱性:一時的な供給中断でも、輸送の遅延や在庫不足、価格決定力、インフレ期待の定着を通じて持続的なインフレ圧力を生み出し得る。これは1973年の石油ショックや、より最近では2021年のサプライチェーン危機でも見られた。2021年のケースでは、当初「一時的」と判断された供給中断により最終的に米FRB(連邦準備制度理事会)が大幅な金融引き締めを余儀なくされ、米国のインフレは現在でも同中銀の目標を上回っている。

ショックの続くリスクはなくなったと市場が確信しているなら、ボラティリティ指標は正常化し、VVIXが低下、原油のオプション・スキュー(原資産と満期日が同じオプションで行使価格の異なるオプションのインプライド・ボラティリティが一致しない市場の「歪み」)が平坦化、VIXの期間構造はスティープ化するはずだ。しかしVVIXは依然高止まりしており、ブルームバーグのデータによれば2024年半ば以来ボラティリティの高い状況が続いている。


実物市場が示しているのはより懸念すべきシナリオ

最も深刻なストレスが顕在化しているのは、原油価格ではなく物流・輸送市場だ。物流ショックを示している主な指標として、以下が挙げられる。


  1. 保険の撤退:戦争リスク補償は引き受け停止や保険料の大幅値上げが相次いでおり、民間保険市場が輸送リスク補償を引き受けたがらないなか、政府の支援に依存せざるを得なくなっている。これにより、保険引き受けのキャパシティがシステマティックに崩壊するリスクが高まっている。
  2. 輸送コストの急騰:LNG(液化天然ガス)輸送運賃は、紛争前の1日当たりおよそ23,000米ドルから同220,000米ドル超へと急騰している(チャート4参照)。これは約1000%の上昇であり、輸送業者、そして最終的には消費者が負担しなければならない現実のコストである。一部の推定によれば、バルチック海運取引所のダーティー・タンカー(重油などの沸点の高い石油精製品を輸送するタンカー)指数(BDTI)のタンカー運賃は1週間で54%上昇しており、これもまた貨物輸送業者が負担せざるを得ない現実のコストである。
  3. 物理的な輸送量の急減:ホルムズ海峡の船舶交通量は、報道によると1日当たり約130~240隻からわずか数隻にまで減少しており、商業用輸送フローが事実上遮断された状態となっている。

解釈:追加の原油供給が物理的に存在しても、輸送や保険が不可能であれば供給の問題は世界的に解消されない。今回のショックは単なる生産不足ではなく、物流起因型エネルギーショックの様相をますます呈しつつある。


チャート4:LNG輸送運賃とタンカー運賃は急騰

チャート4

出所:信頼できると判断した情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成


市場がまだ消化できていないのは以下のような「エネルギーショックの波及ループ」で、原油の供給はその単なる1要素にすぎない。


図1:エネルギーショックの波及ループ

図1


これは、経済生産の中断およびリスクという点でどのような展開を見せ得るだろうか。経済的損害は「Xバレルの供給中断はYのGDP損失につながる」という単純な式で推定できるものではなく、むしろショックは段階を経て進行する。これを概念化すべく、GDP減少への段階的経路を下図の「レジーム転換ラダー」で示した。現在の状況はステップ3(マクロ・政策への波及)のまさに初期段階に過ぎず、このプロセスは数日・数週間どころか今後数四半期にわたって展開の続く可能性がある。


図2:レジーム転換ラダー

図2

第2部:日本固有の影響

第1部では、進行中の世界的ショックについて、その引き金要因、展開、およびそれをめぐるシグナルの動向を考察した。ここでは、日本固有の影響の原因として、国内由来の弱さではなく今回のショックの世界的かつ外生的性質に焦点を当てる。

エネルギーショックが日本でリセッション(景気後退)を引き起こす可能性はあるだろうか。否定はできないが、とはいえ、外的エネルギーショックに対する日本の脆弱性は、「原油価格がXドルを超えるとリセッションになる」といったような単純な話ではない。具体例を挙げれば、直近データによると、過去4四半期の日本は経済生産が約663兆円であるのに対して鉱物燃料輸入がおよそ22兆円となっている。これは、同国の鉱物燃料負担が概算でGDPのおよそ3.3%相当であることを示している。もちろん、この数値には、原油だけでなく石油製品やLPGも含まれる。

ここで、鉱物燃料群の対GDP比がX%まで上昇するという極めて単純な仮定に立つとすると、鉱物燃料負担はX%と3.3%との差異となる。しかし、そのような推定は、(エネルギー消費量や為替レート、GDPといった)主要変数が不変であることを前提としている。流動的な状況下では、そのような前提は非現実的と言えるかもしれない。例えば、消費量は価格に応じて変動するものだが、これは数ある変動変数の1つにすぎない。

したがって、日本の脆弱性は、各段階が前段階の結果に左右される連鎖的な波及プロセスとして捉える方が適切だろう。単に原油価格に焦点を当てるよりも、エネルギー価格や円相場、波及的影響の可能性(および潜在的相殺要因)が複合的に作用する「交易条件と投入コスト負担」の観点で考えた方が、リスクをより的確に定義できる。

そこで、まず世界的なエネルギー価格ショックを引き起こした要因から始め、下図に示すように日本経済への波及経路を辿りながら、各段階について詳細に説明する。


図3:連鎖する日本の脆弱性

図3


1. エネルギーの輸入依存度:既知のリスク

日本が世界的なショック、特に外的エネルギーショックの影響を受けやすいのは間違いない。2011年に起きた福島の原発事故がまぎれもなく構造的転換点となった日本は、それまで電力の約30%を原子力発電に依存していたが、その後化石燃料への依存度が大幅に高まり、貿易収支も黒字から転じて数年間赤字が続いた。福島の事故は、ウクライナの戦争に端を発するエネルギーショックと並び、近年の歴史において最も重大なエネルギーショックの1つとなった。資源エネルギー庁によると、日本は原油輸入の90%超を中東に依存している。


チャート5:対ドルでの円安と日本の輸入価格

チャート5

出所:Macrobondおよび財務省の情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成


チャート6:日本の交易条件とコアCPI(消費者物価指数)

チャート6

出所:総務省統計局および財務省の情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成


2. 交易条件の悪化

交易条件ショックは、単なる原油価格の上昇よりも経済成長鈍化の要因となりやすい。交易条件の悪化は輸入価格が輸出価格を上回るペースで上昇することを意味し、エネルギー・物流関連の全体的な価格上昇が経済に直接波及することになる。輸入物価の上昇が急激に加速すれば、輸出価格が相応に調整されない限り、交易条件は大幅に悪化し得る。一方、大規模かつ持続的な供給ショックがエネルギーと物流で同時に発生した場合、それに伴う円安は、輸出競争力を高めるものの、実際には交易条件の悪化を防げるほどの効果をもたらすことはできない可能性がある。逆に、円安は輸入品をより高価にすることで対外所得流出を悪化させるだけだ。


3. インフレ経路

波及プロセスのこの段階では、外的ショックが内在化される。つまり、輸入エネルギーの価格上昇が(そしておそらくは円安も)一時的なものに終わらず、国内の消費者物価へ転嫁されると予想されるようになる。その後、国内物価は交易条件ショックに反応して遅れて上昇し、インフレ期待はより高い水準で再設定されることになり得る。

なお、留意すべき点として、円安が原油価格の高止まりと並行して長引いた場合、エネルギー価格の上昇のみを要因とするシナリオに比べて国内での価格転嫁が加速する可能性がある。2024年のレポート「過度な円安水準とは」で指摘したように、コロナ後の環境下では通貨安がコスト圧力の消費者物価への波及を増幅させてきた。より最近では、日銀が2026年1月の展望レポートで、為替が企業による輸入コストの転嫁を通じて物価を押し上げる一端を担っている点を強調している。要するに、日本ではこれから輸入インフレ圧力が高まってくる可能性がかなり高いと言える。


4. 日銀の政策への制約

上述したような動きが現実化した場合、日銀は一時的な輸入コスト・ショックと(インフレ・ファイターとしての信頼を損なう恐れのある)持続的な物価上昇圧力とを区別せざるを得なくなる可能性がある。経済成長が鈍化する一方でインフレが加速すれば、日銀は典型的なスタグフレーション型の政策ジレンマに直面しかねない。前述したように輸入インフレに円安が重なれば、日銀は、内需が堅調でなくとも、自身の政策の信頼性を保つためだけに金融緩和の解除を余儀なくされるかもしれない。このようなシナリオでは、政策議論は「利上げを行うか否か」から「ショックそのものがどの程度政策の自由度を後退させ政策ジレンマをもたらすか」へと移るだろう。金融引き締めは国内景気の低迷を悪化させるリスクがあるものの、引き締めを行わなければ、さらなる円安を招くとともに政策の信頼性への疑念が深まるリスクがある。そうなれば、インフレ期待が大きく上振れるリスクが高まる。


5. 円、国債、株式への影響

円への影響

通貨への影響は波及プロセスの全過程を通じて見られ得るが、それが最も重要となるかもしれないのは政策アクション(あるいはその不在)への反応においてだろう。コモディティ市場がストレス下にある場合、エネルギー輸入の代金を支払うにあたって米ドルの需要が高まるとの予想から、米ドルは対円で下落するよりも上昇しやすい。同時に、日本の経常収支が大幅な黒字にあることが市場で軽視され、円の安全資産としての地位は一時的に損なわれるかもしれない。そのような状況下では、円安は輸出企業への好ましい追い風ではなくなり、輸入インフレと政策ストレスをもたらす経路となる可能性がある。


国債および株式への影響

日本国債市場では、信頼性への波及的影響が顕在化する可能性があり、特にイールドカーブの長期ゾーンで顕著となるだろう。財政出動が資金調達への長期的な圧迫要因と見なされれば、輸入コストの急上昇と円安により日銀がインフレとの闘いにおいて「後手に回る」のではとの懸念が、さらに強まる可能性がある。日本国債市場は超長期債利回りの最近の乱高下にもかかわらず混乱状態にあるとは見なされないかもしれないが、長期ゾーンの利回りが示すシグナルは注視していく価値がある。

日本株市場では、ショックがエネルギー関連のコモディティにとどまり全体的なリスク回避姿勢を招かなければ、二極化がさらに進む可能性がある。エネルギーや素材、金融といったセクターは、原材料価格の上昇とリスク選好の継続が相まって当初は追い風を受けやすいが、市場パフォーマンスを享受できる範囲は狭まるかもしれない。このようなシナリオ下では、株価指数の底堅さが国内経済の根本での悪化を覆い隠しかねない。主要なリスクは、当初は輸出企業やコモディティ関連セクターが株価指数下落のバッファーとなり得るものの、成長の基盤が狭まることで、ショックが遅れてもたらす収入や利益率への影響に対し、あらゆる企業が脆弱な状態になるかもしれない点である。


景気サイクル中盤の分岐点である可能性:2つのシナリオ

現在の通説:低金利が長期化することによって円安が進む

現在の市場の反応からすると、市場が織り込んでいる主要なリスク・シナリオは、エネルギーの供給ショックを受けてインフレが世界的に加速し、米FRBとECB(欧州中央銀行)がより長期にわたって引き締め姿勢を強める一方、日銀は内需の低迷から慎重姿勢を維持するというものだ。したがって、欧米と日本との金利差は拡大し、円安が進むと予想される。


別の現実的なシナリオ:日銀が輸入インフレを抑えるためにアクションを起こす

しかし、上述のシナリオが確実なわけではない。別の現実的なシナリオとして、日本が外的ショックに見舞われ同国の交易条件が急激に悪化するケースが考えられる。この場合、輸入エネルギーへの依存度がより高い日本は、欧米に比べてインフレ加速に拍車のかかる可能性があり、円安がインフレの波及をさらに加速させるだろう。このシナリオでは、日銀は信頼性への圧力の高まりに直面し、政策を据え置くことによる悪影響が金融緩和を継続することによるメリットを上回るとみられる。このシナリオが示唆するのは、(日銀が1月の展望レポートで既に言及した)政策正常化の加速、マイナス実質金利への許容度の後退、そして為替レートの物価への影響に関するコミュニケーションの明確化である。

市場(特に外国為替市場)が見落としているかもしれないのは、この後者のシナリオだ。したがって、日銀が円安に関して信頼性への圧力に抵抗する決意を示せば、為替市場は調整に見舞われる可能性がある。

まとめ

イラン紛争の影響は、原油価格よりもむしろ、グローバル・サプライチェーンがストレス下で機能できるかどうかにかかっているのかもしれない。原油価格は直近の高値から反落しているものの、物流や保険、ボラティリティといったシグナルはリスクが依然高止まりしていることを示唆している。

日本にとって、今回の紛争がもたらしたショックは交易条件、インフレへの影響、日銀政策の信頼性という経路を通じて波及するが、市場はこれらの経路をまだ過小評価している可能性がある。ショックが進行するなか、重要な問題は紛争がさらにエスカレートするか否かではなく、世界貿易の物理的・金融的構造が経済への影響の長期化を防ぐのに十分なペースで正常化できるか否かである。