ここがポイント!

  • 「17分野は多すぎ、借金が増える」は大事ではない
  • 企業が「投資する気になる」のかに注目
  • 「骨太」な理解で債券市場も落ち着くと想定

「17分野は多すぎ、借金が増える」は大事ではない

高市政権の骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)の戦略分野について、「17分野は多すぎる」「結局は財政赤字を増やすだけではないか」との指摘が多い。しかし、このような見方は政策の表面的な部分しか見ておらず、適切な批判や議論に進めない恐れがある。

戦略17分野を見ると、岸田・石破政権の成長戦略を継承しつつ、いくつかの分野を重点投資先として明確化した結果、大きなリストとなっている。

【図表】高市政権の戦略17分野  
  • 色塗りは、岸田・石破政権時から特に重点化された分野
  • 金額は分野間での重複を含む
  • 内閣府の情報をもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成

政策目的を考えず、財政健全性の観点のみに着目した場合、企業経営者の感覚であれば「17分野は多すぎる」との懸念が生じるのも分からなくはない。もっとも、「10分野なら良くて、17分野なら多すぎる」といった議論はあまり意味がなく、企業経営者が管理できる事業数と政府が担う政策ポートフォリオを同列に扱うことは適切ではない。クールジャパンなどを例に「政府に成長分野を見極める能力があるのか」という批判があることも理解できるが、今回の政策は、特定分野に集中するのではなく、AI(人工知能)・半導体、創薬・先端医療、エネルギー、航空・宇宙、量子、コンテンツなど幅広い分野での投資機会を提示する枠組みと位置づける方が適切だろう。官民連携を通じて多様な業種の企業に持続的な国内投資を促すことが政策目的と考えられる。

今回の方針は政府が勝者を選ぶというよりも、幅広い分野で民間投資を促す仕組みづくりとして理解する方が適切だろう。したがって、「17分野は多すぎる」「借金が増える」という批判だけでは政策の成否を評価できない。今回の政策は、政府支出を呼び水として民間投資を拡大しようとする点に特徴があるからだ。

企業が「投資する気になる」のかに注目

この政策の成否は、企業が余剰資金を抱え続けるのか、それとも借入も活用しながら国内投資を拡大するのかにかかっている。

株式投資家の視点で東証プライム企業を見ると、海外へ積極的に投資する企業を含めても、多くの企業が連結ベースで実質無借金の状態にあり、投資機会を見出して「稼ぐ力」を積極的に拡大しているとは言い難い。日本銀行の資金循環統計をみても、非金融法人企業は資金余剰の状態(資金の出し手)になっている。本来、企業は稼ぐ力を発揮して事業に投資すべきところ、近年は利益を上げても国内外に十分な投資機会を見出せず、現金を積み上げる主体となってしまった。

言い換えると、現在の日本経済の問題は、企業の国内でのリスクテイク不足にある。国内産業の空洞化を防ぎ、国内で半導体生産などを強化すれば、バリューチェーンを国内にとどめることができ、経済安全保障の強化にもつながる。政府がリスクマネーを供給し、投資を躊躇してきた企業と共同で投資することで、その実現性は高まるだろう。今回の政策の特徴は、政府が企業に代わって投資するのではなく、政府投資がより大きな規模の民間投資を誘発しようとしている点にある。単なる財政支出の規模や財政健全性だけで評価するのではなく、官民共同投資全体の成果を問うことが重要であると理解したい。

人手不足への対応は、その代表例である。これまで、日本企業の人手不足対応は遅れていた。終身雇用慣行のもとでは、供給能力の拡大を警戒する傾向が強い。それゆえ、建設業界が建設ロボット開発・導入に取り組んでいる点は興味深い。ロボットへの積極投資によって建設業の供給能力が高まるのであれば、それこそ今回の成長戦略が目指している方向に一致する。

【図表】企業と政府の資金過不足の推移(2005年4-6期~2026年1-3月期、季節調整値)
  • 日本銀行データをもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成
  • 上記は過去のものであり、将来を約束するものではありません。

これまでの政権は規制緩和や研究開発減税、設備投資減税などを通じて企業投資を促してきた。しかし、企業の資金余剰を見る限り十分な成果は得られなかった。その反省から、高市政権は「従来の延長線上ではない、新たな経済財政運営への抜本的転換」を掲げ、複数年度にわたる成長投資の方向性を示し、企業が政策を信頼して投資できるようにしようとしていると考えられる。それゆえ、この政策の成否は政府支出額ではなく、企業が余剰資金を国内投資へ振り向けるかどうかにかかっている。

「骨太」な理解で債券市場も落ち着くと想定

そうだとすれば、今回の政策を巡る議論で最も重要なのは、政府と市場のコミュニケーションである。前述のように、この政策の成否を左右するのは、政府支出の直接的効果ではなく、企業の投資行動が変化するかである。「GDPに占める債務残高の比率の引き下げ目標が達成できるのか」という論点だけを見ていては、政策の全体像は理解できない。一部には歳出規律の緩和が財政悪化につながるとの批判もある。しかし、その議論は企業の投資行動という最も重要な変数を考慮していない

重要な点はPB(基礎的財政収支)目標の数値そのものではなく、企業が資金を調達して投資を拡大し、供給能力の向上につなげられるかどうかである。これまでの投資減税や研究開発減税が企業の投資姿勢を変えるという観点では成果をあげられなかったことへの反省として、政府は複数年度にわたる成長投資路線を打ち出していると考えられる。企業は長期の政策コミットメントがなければ自信をもってリスクテイクできない恐れがある。財政目標を単年度の枠組みから複数年度へと広げることは、企業の長期投資と成長を引き出すためである。そこで政府のコミュニケーション能力が試される。

財政への心配は続くだろう。しかし、政策が成功し、企業投資が積極化して経済成長につながれば、税収増が期待できる。23年以降、日本のGDPに対する債務残高の比率が低下していることも事実であり、財政健全化と成長は対立する概念ではない。その意味で、債券市場においても、従来型の「財政指標のみに着目する」という単純な見方だけでは不十分だろう。今後は、企業投資が実際に増えているのか、人手不足への対応が進んでいるのか、生産性向上につながっているのか、といった点を注視する必要がある。

【図表】日本の一般政府総債務残高(GDP比)の推移(2005年~2031年、2025年以降予測)
  • IMFのデータをもとにアモーヴァ・アセットマネジメントが作成
  • 上記は過去のものおよび予測であり、将来を約束するものではありません。

もちろん、政策が失敗するリスクはある。皇室典範改正といった経済政策以外の要因で支持率が低下し、消費税減税論争などの政治的摩擦で高市政権の指導力が弱まることになれば、財政運営が後戻りする可能性がある。

結局のところ、今回の骨太の方針の成否は、17分野の数でも政府支出の規模でもない。企業がリスクを取って投資するのか、そのために政府が政策の信頼を高めて民間の期待を変えられるのかにかかっている。投資家は、「骨太」に理解することを通じて、民間の動きに最も注目することになるだろう。