対米ドルの円相場は、イラン情勢の緊迫化に伴なう米ドル買いなどを背景に、足元で1米ドル=160円前後と歴史的な円安水準で推移しています。もっとも、2022年10月には150円台を突破するなど、円安傾向は最近始まったことではありません。こうした中、本稿では、円相場について理論的観点を交えながら考察します。
物価面からみれば、足元は大幅な円安水準
為替レートの長期的な均衡を説明する代表的な理論に、購買力平価があります。それによると、為替レートは2国間の物価が等しくなるように調整されるとされています。例えばリンゴしかない経済で、リンゴ1個が米国で1米ドル、日本で100円であれば、理論上は1米ドル=100円が均衡水準となります。
この購買力平価を日米の消費者物価を用いて試算すると、足元では1米ドル=108円程度となり、実際の為替レートは理論上の均衡水準から大きく円安に振れていることになります(グラフ【A】)。
産業競争力の低下を背景とする円安圧力
ここで注意が必要なことは、購買力平価が仮に成立すれば、為替換算後の2国間の物価の比である実質為替レートは、長期的に変化しないという点です。先ほどの、リンゴの例を用いると、円換算後の米国のリンゴと日本のリンゴの価格比は、長い目でみれば一定に保たれます。しかし現実には、日本の実質為替レートは1995年頃をピークに、低下傾向にあります(グラフ【B】①)。
この理論と現実の乖離を説明するのが、貿易財部門の相対的な生産性の上昇が、実質為替レートの上昇をもたらすというバラッサ・サミュエルソン効果です。同効果は、日本が輸出競争力を誇った、1990年代初頭までの円高の一因と指摘されてきました。対照的に、1995年半ば以降、日本の貿易財部門の生産性が米国と比べて低下し始めると(グラフ【B】②)、実質為替レートも低下傾向へと転じました。こうした変化を受けて、近年では、バラッサ・サミュエルソン効果が逆向きに働いていることが、円安を招いているとの指摘がみられます。
同効果も為替レートの変動要因の一つに過ぎませんが、米国と比べた日本の生産性劣後が特に情報・通信産業で顕著になっていることに加え、国際収支においても海外ハイテク企業への支払いなどのデジタル赤字が拡大している事実もあります。以上を踏まえると、日本の産業競争力の低下が、構造的な円安圧力になっている可能性が考えられます。
戦略投資で、強い日本経済と強い円の両立へ
円安は輸出競争力の改善や訪日観光客の増加などの好影響をもたらすものの、足元では、日本の資産価値の相対的な低下や輸入物価の高騰による生活水準悪化といった、弊害も顕在化しています。こうした環境下で、高市政権が掲げる戦略分野への投資の方針は、次世代産業への重点投資を通じて産業競争力を高める試みといえます。これが奏功し日本の生産性が上昇に転じれば、実質為替レートのトレンド転換も期待されます。強い日本経済と強い円を両立させる道筋を描けるかどうか、今後の戦略投資の動向が注目されます。
- 上記は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。